◆ オリジナル台本 『回帰線』 ◆

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題名 回帰線
作者 山本真紀
キャスト 8人
上演時間 50分
あらすじ 近未来、軍事政権下の日本──
ある過激派グループが、女子陸軍士官学校に爆弾を仕掛けたという声明を出した。爆破時刻は明日の正午。 教官たちはそのことを生徒には隠そうとしたが、ひょんなことから何人かがTVのニュースを目にして知ってしまう。
本当に爆破は行われるのか。一体爆弾はどこにあるのか。不安と興奮の中、彼女達のとった行動は……?

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注意事項



回帰線



○登場人物(女性八名)

    *生徒たち
      ユミ
      佳奈子
      牧瀬
      坂上
      みずえ

    *教職員
      教官
      校長
      岡部(秘書)

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   『回帰線』 作・山本真紀

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《一》グラウンド

      教官と五人の生徒。
教官 「今日の訓練はここまで。坂上さんの班は残ってグラウンド
    の整備をしておくように。解散!」
      教官、去る。
佳奈子「グラウンドの整備って──」
四人 「草むしり」
ユミ 「ったく、なんで今時草むしりなんかしなきゃいけないのよ」
みずえ「ほんと。除草剤まけばいいのにね」
牧瀬 「それより、爆弾一個落とせば二、三十年は生えないよ」
坂上 「ちょっと、無駄話しないでやってよ。お昼ごはん食べられ
    なくなるじゃない」
ユミ 「暑い」
佳奈子「暑いわね」
みずえ「あ、何か白いものがある」
四人 「どれどれ」
ユミ 「何だ、カブト虫の幼虫じゃない」
佳奈子「へえ、珍しいわね」
坂上 「かわいい。田舎によくいたよね」
みずえ「かわいくない。埋めちゃえ、埋めちゃえ。なんまんだぶ、
    ちーん」
坂上 「(我に返って)あーこんな事してる場合じゃなかった早く
    しなきゃ」
ユミ 「言ってる間に手動かしたら?」
牧瀬 「もうやらない」
坂上 「ちょっと何言ってんのよ。こら起きろ、牧瀬!」
ユミ 「だるーい」
坂上 「もう遊んでないで早く終わらせよう。月曜日、試験なんだ
    から」
ユミ 「ちょっと、嫌な事思い出させないでよ。」
牧瀬 「大体、軍人になるのに何で筆記試験がいるのよ。要は実戦
    でしょう」
ユミ 「そういえば、このあいだの重火器取扱い訓練、楽しかった
    わね」
      〜回想〜 うちまくる牧瀬。
一同 「牧瀬、やめてよー!」
坂上 「あんた、マニュアル読んだの?」
牧瀬 「読むわけないじゃない」
坂上 「ちょっと貸しなさい。まずスタンスは四十五度、右のレバ
    ーを引いて──この時膝をついてもかまわない──えーと
    次どうするんだっけ」
みずえ「次私うつ。三番みずえ行きまーす! ドン!」
一同 「あたった……」
みずえ「はいっ、佳奈ちゃん」
佳奈子「え、でも私──」
みずえ「ここひけば、弾出るから」
坂上 「マニュアルどおりにすれば大丈夫よ」
ユミ 「そうそう」
      佳奈子うつ。大当たり。
佳奈子「偶然よ、みんなが教えてくれたから。はい」
ユミ 「えーと、どうするんだっけ。坂上?」
      坂上に向けてうってしまう。
坂上 「どこ向けてうってんのよ。あんた私を殺す気?」
ユミ 「ごめん、わからないの。これどうするの?」
      又うってしまう。
      大騒ぎ。(回想ここまで)
みずえ「あの時は大変だったね」
坂上 「おかげで寿命が縮んだわよ。あの日は結局トイレそうじさ
    せられて、始末書も書いた」
ユミ 「そうそう。でも楽しかった」
牧瀬 「又あんな訓練があったらいいのに」
坂上 「冗談じゃない。さ、ぱっぱと片付けちゃおうよ」
ユミ 「何か面白い事ないかなあ」
みずえ「ユミちゃんてそればっかり」
ユミ 「だってつまんないんだもん。何か、面白い事……あ! ね
    え、坂上。娯楽室のそうじ当番って、坂上だよね」
坂上 「そうだけど」
ユミ 「あのさ、私がそうじやっとくからさ、ちょっとカギ貸して
    もらえない」
坂上 「何するのよ」
牧瀬 「分かった。アレでしょアレ。『    』再放送」
ユミ 「そう。ね、牧瀬も一緒に観ない?」
牧瀬 「観る観る」
坂上 「ちょっと待って。私、まだカギ貸すなんて言ってないわよ」
牧瀬 「いいじゃない、ねえ、坂上」
坂上 「いや」
ユミ 「坂上たのむよ。TVあるのあそこだけなんだからさ」
佳奈子「娯楽室って、昼間は入っちゃ駄目なの?」
ユミ 「そう。佳奈子は編入生だから知らないか。うちの士官学校
    きびしいのよ。娯楽室のTVを観ていいのは夕方六時から
    九時まで、それも上級生がチャンネル取っちゃうし、教官
    は教官で望ましくない番組をチェックして見せてくれない
    し──」
みずえ「『    』て面白いの?」
ユミ 「病みつきになるわよ。主人公は、政治家のお嬢さまなんだ
    けど、父が凶弾に倒れ半身不随になってそれからというも
    の、復讐の鬼となるの。何とか組織に潜入し当初の目的通
    りカタキの愛人になったのはいいんだけど、ここで大きな
    誤算が生じるの。ヒロミは彼を愛してしまうのであった…
    …」
みずえ「あぶなくない?」
牧瀬 「スポンサーがなかなか付かなかったって」
佳奈子「内容が内容だもんね。でも面白そう」
ユミ 「でしょ?」
坂上 「あーもう。貸せばいいんでしょ。貸せば。見つかったら私
    の責任になるんだからね」
牧瀬 「坂上っていい奴〜、ははは」
ユミ 「さ、そんならここパッパと片付けちゃおう」
全員 「うん」
      草をむしり始める生徒たち。


《二》娯楽室

      明かりが点く。
坂上 「さ、早く入って」
みずえ「私、校則違反って初めて」
佳奈子「私も」
みずえ「何だか恐いような感じね」
佳奈子「ほんとね」
牧瀬 「今何時?」
ユミ 「十二時四十四分」
牧瀬 「あと十六分もあるの?」
ユミ 「そんな焦らなくても」
みずえ「そうそう。ゆっくりしましょ」
佳奈子「あ! カーテンあけないで」
坂上 「え?」
      皆佳奈子を見る。
ユミ 「ああ、そうか。外から見えちゃまずいよね」
坂上 「うっかりしてた」
牧瀬 「あーっ」
      皆に押さえられる」
坂上 「なによ」
牧瀬 「クッキー部屋に置いてきた」
坂上 「それがどうした」
牧瀬 「せっかくみんなで食べようと思ったのに」
ユミ 「さっきお昼食べたじゃない」
牧瀬 「私TVみる時お菓子がないとダメなのよ」
みずえ「食べる?」
佳奈子「どうしたの、それ」
みずえ「拾ったの」
ユミ 「どこで?」
みずえ「牧瀬の机の上」
牧瀬 「それって拾ったって言わないわよ」
坂上 「おいとく方が悪いのよ。大体あんたは……(以下悪口)」
      乱闘。
      坂上が勝つ。
ユミ 「坂上ー!! かんかんかん!」
みずえ「はい残念賞」
ユミ 「何それ?」
牧瀬 「ごみじゃない」
みずえ「おいしかった」
佳奈子「ごちそうさま」
牧瀬 「返せ、戻せ、はき出せー」(ごみをばらまく)
坂上 「牧瀬!」
ユミ 「いいじゃない、お菓子の一つや二つ」
牧瀬 「その一つや二つが問題なのよ」(騒ぐ)
佳奈子「静かにして! 誰か来た」
全員 「えっ」
佳奈子「──気のせいだったみたい」
みずえ「あと十三分」
      間。
ユミ 「なんか、恐くなってきちゃった」
佳奈子「うん」
ユミ 「大体この学校って規則が厳しすぎるのよ」
みずえ「でもね、昔からずっとそうだったわけじゃないそうよ」
佳奈子「どういうこと?」
みずえ「七年前に、この学校から情報が洩れていたことがわかって、
    調べてみたら生徒のひとりが犯人だったんだって。優秀な
    ひとだったそうよ」
ユミ 「その人はどうなったの」
みずえ「死んだわ。ちょうどこの校舎の屋上からとびおりてね。花
    壇の横に歩道があるでしょう、コンクリートの」
坂上 「やめて」
牧瀬 「そうそう、知ってる? 3B棟の四階のトイレ……出るの
    よ」
坂上 「──水が?」
牧瀬 「これが。先輩の友達が夜中に一人でトイレに行ったんだっ
    て。そしたら目の前のしみが集まってきて、だんだん人の
    顔になってそれが笑うのよ」
ユミ 「私も知り合いから聞いた話なんだけど、ある女の子が病気
    で入院してたの。その子の両親が離婚しちゃって、誰もお
    見舞に来てくれなくて、いつも一人でまりをついて遊んで
    たの。結局その子死んじゃったんだけど、唯一話相手だっ
    た看護婦さんがお線香あげようと霊安室に行ったら、その
    子いないの。……ふっと振り向いたら、ドリブルしてきた
    ー!」
坂上 「きゃー! やっぱやめようよ。こんなとこ教官に見つかっ
    たら退学になるかもしれない」
牧瀬 「あんた教官よりも怪談の方がこわいんじゃない?」
坂上 「そんなことないわよ。私はみんなのためを思って」
牧瀬 「うるさいな、こわいんなら一人で帰れば」
坂上 「私が帰ったって、みんながつかまったら同じよ、カギ預か
    ってたのは私なんだから」
牧瀬 「教官に言ってやるよ。委員長の坂上と同室の自分がカギを
    盗みました。それもこれも『    』を観たいがためで
    す。あ、今何分?」
佳奈子「一時ジャスト」
声  「声明文によりますと、これらの要求に応じられなかった場
    合、報復として東京都立軍事研究所と女子陸軍士官学校と
    を爆破するとのことです。爆破の予定時刻は明日の正午─
    ─」
      ノックの音。
岡部 「誰かいるの?」
      佳奈子TVを消す。
ユミ 「岡部さん」
岡部 「何をしているの、ここで」
      皆答えない。
岡部 「ここに入っちゃいけないこと、知ってるでしょう」
ユミ 「私たち、TVを観ようと思ったんです」
岡部 「それで?」
ユミ 「まだ観てません」
岡部 「そう」
      ドアをしめる。
岡部 「困ったわね。何が観たかったの?」
牧瀬 「『    』」
      皆吹き出す。
岡部 「私は教官じゃないし、どうしたらいいかしら。一応、報告
    ──まあ、いいか。見逃してあげます」
坂上 「ほんとですか?」
岡部 「但し、二度とこんなことはしないように。どうしても観た
    い人は私に言って。ビデオを貸してあげます。私も好きで
    ね、ちゃんと録画してあるの」
牧瀬 「第一回目から?」
岡部 「勿論。私××さまのファンなの」
ユミ 「あ、私も」
岡部 「素敵よね。──以下、どんなに素敵か説明──(はっと我
    に返り)あらやだ私ったら。さ、早く片づけて。カギを忘
    れないようにね」
      岡部去る。
坂上 「よかった見つかったのが岡部さんで」
牧瀬 「これが内田だったら最悪だよな」
みずえ「そういえばユミちゃん、あの人と喋ったことあったの? 
    なんか、親しそうな雰囲気だったけど」
ユミ 「一ぺんか二へん、喋ったことがあるの。あの人の妹さんも
    ね、ユミっていう名前だったんだって」
坂上 「妹さん、今は?」
ユミ 「ちょうど私たちと同じくらいの年で、病気で亡くなったそ
    うよ。もう何年も前になるけど、今でも悲しんでらっしゃ
    るみたい」
佳奈子「そうか」
みずえ「結局TVみられなかったね、残念」
牧瀬 「あの、さっきのニュースって──」
坂上 「シーッ。学校側から発表があるまで、私たち知らないこと
    にしないと」
牧瀬 「でも」
坂上 「だまって」
ユミ 「明日の正午。明日の正午に、爆破するって言ってたわね」
坂上 「そんな話、私たちに関係ないじゃない」
ユミ 「あるわよ。この学校のことよ」
佳奈子「どうするの」
ユミ 「犯人を見つけだす」
佳奈子「そんなこと、できる訳がないわ」
ユミ 「できる。いい、よく考えて。この学校は警備がきびしくて、
    出入りできるのは教官と職員だけよ。だから爆弾を持ちこ
    むことができたのは教官か職員に決まってる」
牧瀬 「んな無茶な」
ユミ 「これで数が大分絞れたわ。容疑者はおとな、合わせて六十
    人位。ところが、おとといから事務室が閉まってるの、知
    ってる?」
坂上 「え?」
ユミ 「都合のいいことに、職員の殆どがおとといから明日にかけ
    て研修旅行に出かけているのです。しかも」
全員 「しかも?」
ユミ 「きのうの金曜日、今日土曜日は語学や一般教育科目はない
    日です。ですから、怪しいのはきのうと今日にかけて教え
    ていた、この学校の専属教官ということになります!」
坂上 「ばかばかしい。あんたの推理のほうがよっぽど怪しいわよ。
    牧瀬、帰ろ」
牧瀬 「ユミ、私も協力する。私のカンでは、内田教官が犯人よ」
坂上 「牧瀬!」
みずえ「教官を疑うのはよくないと思うわ」
坂上 「そうよ。二人ともいい加減にしてよ」
牧瀬 「私行くわ。内田の部屋ひっかき回したら、何か出てくるか
    もよ」
      走っていく。
みずえ「あー行っちゃった」
ユミ 「冗談だったのにね」
坂上 「冗談?」
ユミ 「うん」
坂上 「どうすんのよ、あいつ行っちゃったよ。今度こそ牧瀬、退
    学になるかも」
ユミ 「ごめん。行ってとめてくる」
佳奈子「私も行くわ」
      二人走っていく。
みずえ「坂上は行かないんだ?」
坂上 「行かない」
みずえ「心配なくせに」
坂上 「誰が。帰ろ、みずえさん」


《三》校長室

校長 「今通達がありました。やはり、あちらの要求には応じられ
    ないとの事です」
教官 「それでは、この学校は──」
校長 「ええ。明日の朝、退去しなければなりません。生徒たちは
    この事件を知ってはいないでしょうね」
教官 「はい、まだ知らせてはいません。混乱するだけだと思いま
    したので」
校長 「それにしても不思議ね。一体いつのまに爆弾を持ちこんだ
    のかしら」
教官 「わが校の警備は一流です。侵入者があれば、見逃す筈はあ
    りません」
校長 「まさか、内部に犯人がいるという……」
教官 「認めたくはありませんが、そうとしか考えられないのです。
    そこで、勝手ながら教職員について調べさせて頂きました。
    これがその資料です」
校長 「内田さん」
教官 「ええ、わかっています。でももう時間がないのです。タイ
    ムリミットまでに、何としてでも犯人を見付けないと」
校長 「……そうね。割り切らないといけないわえ。ごめんなさい、
    続けて下さい」
教官 「教職員に関しては、怪しい人物は見当たりませんでした。
    殆どがここに来てから七年未満の新人ですが、経歴に不審
    な点などは全くなく、信頼していいように思われます」
      ノックの音。
岡部 「失礼します」
      お茶をはこんでくる。
校長 「ああ、ありがとう」
      内田に座るよう促す。
教官 「それで、生徒の方ですが、──」(資料を取り出す)
岡部 「あら」
校長 「どうかした?」
岡部 「いえ」
教官 「この生徒を知っているの?」
岡部 「ええ。私割と生徒さんたちと親しくさせて頂いてますから。
    この人は知ってます」
校長 「どんな生徒?」
教官 「牧瀬かおりですか? 素行はあんまり良くありません。成
    績だけは優秀だったのですがこの頃落ちこんでいます」
岡部 「この子が何かしたんですか」
教官 「あなたには関係のない事でしょう」
校長 「まだ何かしたと決まった訳じゃないのよ。でも怪しいわね。
    ちゃんとした家庭の子じゃないようだから」
教官 「確かに、珍しいタイプです」
校長 「わが校は名門ですからね。大抵の生徒は成績優秀で勤勉、
    従順、規則もきっちり守るものと──」
      岡部吹き出す。
校長 「どうかした?」
岡部 「申し訳ありません。あんまりイメージが違ったものですか
    ら」
校長 「あなたはどういう風に思ってるの?」
岡部 「そうですね。人なつっこくて、個性的で。士官候補生とい
    っても普通の高校生と変わらないと思いますけど」
校長 「生徒たちも、あなた相手なら評点を付けられる心配はあり
    ませんからね」
岡部 「そうですね。あら、長居をしてしまって。失礼します」
      岡部出ていく。
教官 「あの人も、少し好奇心が強すぎるようですね」
校長 「仕事は熱心にやってくれています」
教官 「すみません。それで、要注意人物がもう一人。最近編入し
    てきた二年生の松井佳奈子です」
      校長、資料に見入る。
校長 「確かに。でもこの子がそうだという確証はないんでしょう」
教官 「はい。もう少し調べてみます」
校長 「頼みましたよ。いざとなったら尋問してもかまいません。
    一刻も早く、犯人を」
教官 「お任せ下さい」
校長 「私はこの母校を失いたくはないの。たとえ生徒であっても、
    母校に仇をなすような考えを持つ者は許すことはできませ
    ん」
教官 「早急に調査します」
校長 「頼みましたよ」


《四》内田教官の部屋

      牧瀬・ユミ・佳奈子が入ってくる。
佳奈子「今日は何だか忍びこんでばかり」
ユミ 「牧瀬、やめようよ。さっきのは冗談だって。私、本当はこ
    んな事に首つっこむのやなんだってば」
牧瀬 「机の上がきたない。教官の机って異常にきれいか異常にき
    たないかどっちかなんだよな」
佳奈子「ほんとだ。何が置いてあるかわかんない」
ユミ 「佳奈子、あんたまで」
牧瀬 「あーっ」
ユミ 「何、なに?」
佳奈子「卒業写真ね」
牧瀬 「内田がリボンしてる」
ユミ 「ほんとだ、若い」
佳奈子「ちょうど十五年前ね」
ユミ 「当時は専門学校だったんだよね。内田教官って成績よかっ
    たらしいよ」
佳奈子「そうだろうね」
牧瀬 「昔から嫌味な奴だったって事よ」
ユミ 「牧瀬何やってんの?」
牧瀬 「探してるけど見当たらない」
佳奈子「何が?」
牧瀬 「月曜の試験問題。おかしいな。内田が作るんじゃなかった
    のかな」
二人 「牧瀬!」
ユミ 「駄目よ、絶対駄目。カンニングなんて一番やっちゃいけな
    い事よ。もうやめよう。早く出ようよ」
牧瀬 「内容知りたくないの?」
ユミ 「そういう問題じゃなくて。あんた最初からそのつもりで来
    たの?」
牧瀬 「あったらもうけもんじゃない?」
ユミ 「信じらんない。あんたって最低よ。さ、バカな事言ってな
    いで早く出よう」
      牧瀬ナイフを出している。
佳奈子「ユミ──」
ユミ 「ちょっと、何してんのよ」
牧瀬 「手伝ってよ」
ユミ 「冗談はやめて。そんなもん引っこめて──」
牧瀬 「本気よ」
佳奈子「牧瀬お願いやめて」
牧瀬 「うるさいわね。あんたは黙ってな」
ユミ 「牧瀬、お互い得にならない事はやめようよ」
牧瀬 「なら手伝うのね」
ユミ 「出来ないわ。それに私、牧瀬にそんな事してほしくないの
    よ」
佳奈子「あ」
      いつの間にか、教官が立って眺めていた。
      三人、不動の姿勢をとる。
教官 「そのナイフをよこしなさい。相田さん、なぜここでこんな
    事をしているのか説明しなさい」
ユミ 「はい。私──いえ、あの、自分たちは」
教官 「落ちつきなさい。しゃんと立って」
ユミ 「はい。あの、自分たちは、さきほど教官室の前を通りかか
    って、その、せっかくだから質問をしようと──」
教官 「ノックして返事がなかったから帰ればいいでしょう」
ユミ 「中にいらっしゃるかと思ったんです」
教官 「私の部屋に入りこんで、何をしていたのです、あなたたち
    は」
佳奈子「けんかを」
教官 「え?」
佳奈子「けんかをしていました」
教官 「そうらしいわね」
牧瀬 「相田さんが私を侮辱したんです。私から仕掛けたんじゃあ
    りません」
ユミ 「牧瀬!」
教官 「本当なの?」
ユミ 「ちがいます」
牧瀬 「最低って言ったくせに」
ユミ 「言ったわ。教官、私は牧瀬さんを侮辱しました。その理由
    は、牧瀬さんのおうちの方が、あまり聞こえのいいもので
    はない職業についていらっしゃる事と、何よりも牧瀬さん
    本人が、わが女子陸軍士官学校にふさわしい生徒ではない
    からです」
      間。
教官 「三人とも部屋へ帰りなさい。あとで処分を決めます」
      三人とも敬礼して出ていきかける。
教官 「松井さん、あなたは編入生だったわね。もう大分なれた?」
佳奈子「はい」
      間。
教官 「二度とこのような事はないように。──行きなさい」

      〜部屋の外〜
牧瀬 「さっきのは何」
佳奈子「まさかカンニングしてましたとは言えないでしょう。けん
    かの方がまだ罰は軽いと思うわ。ユミも本気であんな事言
    った訳じゃないでしょ」
      ユミ黙っている。
牧瀬 「とりあえず助かったから礼は言うけど、あんたが言った事
    は忘れないわ」
ユミ 「悪かったと思ってる」
牧瀬 「思うだけなら簡単ね」
      牧瀬去る。
佳奈子「仕方ないわ。ああでも言わないとおさまらなかった」
ユミ 「──」
佳奈子「行こう。ユミがフォローしてくれたおかげて、そんなひど
    い事にはならないと思う。ユミのおかげよ」
      ユミ、たえきれずに走っていってしまう。
      佳奈子、ユミの後ろ姿を眺めたあと、ゆっくりと歩き
      出す。

      〜部屋の中〜
教官 「ええ、例の編入生です。松井佳奈子。──ええ、そうです。
    とりあえず部屋に帰しました。──わかりました。もう少
    し様子を見てみます。それでは」


《五》寮の部屋

      五人が好き勝手している。
坂上 「牧瀬! 気が散るからやめて」
      牧瀬聞いちゃいない。
坂上 「ああああもう! 勉強できない」
ユミ 「静かにして。あんたの声も気になるわ」
坂上 「なにその言い方」
みずえ「ケンカはやめて。みんな今日はどうしたの、怒ってばっか
    り」
坂上 「みずえさんの声きくと、気が抜ける」
ユミ 「ほんと」
みずえ「二人とも分かってくれたのね」
      三人微笑みあう。
ユミ・坂上「あっ」
      牧瀬のこぶしがみずえの顔に当たったのである。
みずえ「許せない」
      背負い投げだ。
佳奈子「いい加減にして」
ユミ 「何ピリピリしてんのよ」
佳奈子「もう遅いから、静かにしてよ」
牧瀬 「なによ。みんなやめてだの静かにしてだの。そんなに教官
    が恐いか。ああ、坂上が恐いのは成績表ね、よーく分かっ
    てます。私は恐くないぞ。こんな学校、火つけてやる。つ
    いでにあんた達もドカーンと吹っとばしてやる」
坂上・ユミ「牧瀬!」
佳奈子「タイムリミットは明日の正午」
みずえ「大丈夫よ、そんなことにはならないわ。だからもうこの話
    はやめましょう」
ユミ 「明日、どうなるんだろう」
坂上 「あのニュース、本当なの?」
ユミ 「TVで嘘つくわけないでしょう」
坂上 「あんた達にカギ貸すんじゃなかった」
ユミ 「またそれ? 済んだこと言っても仕方ないわ」
坂上 「開き直ったわね」
佳奈子「どうしてこの学校の生徒はいがみ合ってばかりいるの? 
    みんな同じ目的を持っているんでしょ。将来は、日本を守
    る軍人になるんでしょ。なら、どうして──」
牧瀬 「私はちがうよ。軍人になんかなりたくない」
佳奈子「何になりたいの」
牧瀬 「何にもなりたくない」(寝てしまう)
みずえ「目的がどうとかではないのよ。この学校に来られるのは全
    国でもトップレベルの生徒だけ、一種のステイタスなのよ。
    中学生たちは、陸軍士官学校に入学することを夢見て勉強
    する、入学したあとのことなんて考えもしない。不祥事を
    起こしてドロップアウトするのでもない限り、この学校の
    生徒はみんな軍人になるのよ。選ぶ余地はないの」
ユミ 「みずえさんは、後悔してるの」
みずえ「いいえ。私は女子陸軍士官学校の生徒であることを誇りに
    思ってるわ。まあ、時々、居眠りはしちゃうんだけど」
坂上 「もう寝よ。私、委員長なんかやめる」
佳奈子「どうして」
坂上 「みんな言う事きいてくれないし、好き勝手ばっかり。成績
    だけできめた委員長だから仕方ないけど」
ユミ 「あんたグチ言ってんのか自慢してんのかどっちよ」
坂上 「自慢じゃない。もう寝る、おやすみ」
三人 「おやすみなさい」
みずえ「私も寝ようかな。あ、顔洗ってこなきゃ」
      みずえ出ていく。
ユミ 「ごめん」
佳奈子「何が」
ユミ 「いろいろ」
佳奈子「そうね。あのニュース、気になる?」
ユミ 「気になるけど、私たちにはどうしようもない。学校の言う
    とおりにしていれば、間違いないわ」
佳奈子「『GOING SOLO』っていう小説があるの知って
    る?」
ユミ 「ううん」
佳奈子「第二次世界大戦頃のパイロットが書いた話。『GOING
     SOLO』は『単独飛行』って訳されてるわ」
ユミ 「ひとりっきりで飛ぶの?」
佳奈子「読んだことないからわからない。でも、そのパイロットは
    多分、喋る相手もなく、本当にひとりぼっちだったんだ、
    そう思うわ。街を越え、砂漠を越え、海を越えて、どこま
    でもどこまでも飛んでいく、その一直線の進路には、やが
    て──」
ユミ 「朝?」
佳奈子「そう。機体がまぶしく輝きだして、パイロットがどうして
    だろうと思って地平線を見たら、ちょうど夜明けなのよ」
      間。
佳奈子「ちょっと風にあたってくるわ」
ユミ 「もう遅いよ」
佳奈子「ちょっとだけだから」
      佳奈子出ていく。
みずえ「只今。あら、佳奈ちゃんは?」
ユミ 「お散歩」
みずえ「そう。おやすみなさい」
ユミ 「おやすみ」
      灯りを消す。


《六》寮の屋上

教官 「松井さん。就寝時間はとっくに過ぎてますよ」
佳奈子「──」
教官 「どうかしたの」
佳奈子「寝つけなくて」
教官 「何か心配事でも?」
佳奈子「いえ、ありません。今日は申し訳ありませんでした」
教官 「ケンカをするにしても、私の部屋ではしてほしくなかった
    わね」
佳奈子「はい」
教官 「あの二人は仲が悪いの?」
佳奈子「ふだんは違います」
教官 「何がいけなかったのかしら、牧瀬さんのおうちの話題? 
    わが校は成績重視で家柄を気にしないから、たまに牧瀬さ
    んのような人も入ってくるわ。只その話題を持ち出すのは
    フェアじゃない」
佳奈子「──」
教官 「あなたは本当に無口な人ね」
佳奈子「人づきあいが苦手なんです」
教官 「私と話すのは退屈?」
佳奈子「いえ、そんな。ただ、こんな夜中にお会いするとは思って
    もみなかったので」
教官 「私もそうよ。ここからは校舎がよく見えるのね、知らなか
    った。──わたしもこの学校の卒業生なのよ。私もあなた
    位の頃、国のために一生を捧げることを夢見ていた。必死
    で努力したわ。法学、術科、一般教養、どの分野でもトッ
    プをめざして勉強した。あの頃が、一番充実していたのか
    もね」
佳奈子「七年前、あの校舎から生徒がとびおりて死んだそうですね」
教官 「誰に聞いたの?」
佳奈子「クラスの友人に聞きました。その生徒のことを教官はご存
    じですか?」
教官 「ええ、私が担任した生徒よ」
佳奈子「彼女は機密漏洩の容疑を受けていたと聞きましたが、本当
    ですか?」
教官 「ええ。彼女がスパイ行為を働いていた事実を示す証拠も挙
    げられました」
佳奈子「自殺、ということでしたが」
教官 「ええ、自殺です」
佳奈子「なぜ彼女はとびおりたんでしょう」
教官 「さあ、私は当人じゃないから分からないわ」
佳奈子「いいえ、分かる筈です。あなたは彼女を知っていたんです
    から」
教官 「あなたは何を知りたいの? あの事件はわが校始まって以
    来の不祥事だった。当時の職員は校長をはじめとして半分
    以上が免職処分になったわ。あまり名誉なことではないか
    ら、うわさ話などしてほしくないのよ」
佳奈子「私には、彼女の気持ちが分かるような気がするんです」
教官 「もう部屋にお帰りなさい。あなたは疲れているんじゃない
    かしら」
佳奈子「そうかもしれません」
教官 「私も部屋に戻ります」
佳奈子「すみません、失礼な事を言いました」
教官 「いいのよ。おやすみなさい」
佳奈子「おやすみなさい」
      佳奈子、去る。
      教官、凝然と立ち尽くす。
教官 「知られている。早く手を打たなければ」


《七》寮の部屋

      目覚し時計の音。
      ──ダンス── 終わると、牧瀬とみずえ倒れて寝て
      しまう。
ユミ 「おはよう」
佳奈子「おはよう」
坂上 「ないないない──」
佳奈子「どうしたの坂上さん」
坂上 「リボンがない──」
ユミ 「今日、日曜日よ」
坂上 「あ」
ユミ 「こんな早くに目覚ましかけないでよ」
坂上 「わたしじゃないわ」
ユミ 「あんた?」(佳奈子首をふる)
坂上 「あんた?」(ユミ首をする)
三人 「じゃあ──牧瀬!」
牧瀬 「なによ眠いのに」
坂上 「あんたでしょ目覚ましかけたの」
牧瀬 「ちがうよ、私のこないだ叩き壊したじゃない」
      四人、みずえを見る。
みずえ「おはようございます」
四人 「おはようございます」
      みずえ、ねる。
佳奈子「みずえさん」
みずえ「何、今日はみんな早いわね」
ユミ 「みずえさんでしょ、こんな朝早くに目覚しかけたの」
みずえ「ううん」
四人 「えっ?」
      それぞれ自分の時計を確かめる。
ユミ 「あ、ごめん私だ」
四人 「もーっ」
      ノックの音。
牧瀬 「はい。どうぞ」
      岡部入ってくる。
岡部 「おはようございます」
五人 「おはようございます」
岡部 「こんな朝早くごめんなさい。松井佳奈子さんいる?」
佳奈子「私ですけど」
岡部 「校長先生がお呼びよ」
ユミ 「佳奈子、何かやったの」
佳奈子「やってない。あ、ゆうべフラフラしてたら内田教官に会っ
    た」
坂上 「それよきっと」
牧瀬 「最悪」
岡部 「早く着替えてらっしゃい」
佳奈子「はい」
岡部 「みんな日曜日なのに早いわね。いつもそうなの?」
坂上 「今日は特別です」
牧瀬 「ねえ、ユミちゃん」
岡部 「あら、どうしたのかしら。うふふ」
ユミ 「岡部さんも大変ですね、朝早くから」
岡部 「仕事ですもの」
牧瀬 「そういえば、岡部さんの仕事って、何ですか? 私達の間
    では謎の事務員て呼ばれてますけど」
岡部 「あら、そうなの。光栄だわ、うふ」
牧瀬 「只の事務員じゃないんでしょ、校長室や教官室に出入りで
    きるんだから」
坂上 「牧瀬、失礼よ」
岡部 「私って、そんなにミステリアスに見える?」
四人 「見える。とっても」
      四人、岡部を質問攻め。
      (岡部さんって、いくつなんですか?
       結婚してるの?
       岡部なんていうんですか、名前? 等々……)
      岡部、全部うふふで答える。
佳奈子「お待たせしました」
岡部 「じゃ行きましょうか。(行きかけて)私ほんとは事務員
    じゃないのよ。校長先生の秘書をしているの。うふっ」
      二人出ていく。
坂上 「見えない……。全然秘書に見えない」
牧瀬 「秘書ってコトバの概念と、ギャップがありすぎるよね」
      皆頷く。
ユミ 「佳奈子大丈夫かな」
みずえ「佳奈ちゃんおとなしいから」
坂上 「これが牧瀬だったら心配しなくていいんだけどね」
牧瀬 「どういう意味よ」
坂上 「だってこの間も呼び出されてたじゃない」
牧瀬 「あれは、ホラ玄関口に初代校長の銅像があるでしょ。あの
    頭ハゲてて可哀そうだったからマジックで髪の毛書いてや
    ったの。そしたら内田が──」
みすえ「牧瀬さん、ちょっときなさい」
牧瀬 「あーれー」
ユミ 「牧瀬らしい」
      校内放送入る。
声  「全校の生徒及び教職員に告げます。只今より臨時の避難訓
    練を実施します。状況は、二時間後に本館の建物が爆破さ
    れると設定します。全員すみやかに服装をととのえ、十分
    後に第二グラウンドに集合して下さい。(以下続く)」
ユミ 「あれって、ひょっとして昨日の?」
牧瀬 「じゃあ、爆発するの?」
全員 「えーっ!」
      パニック。──ダンス── 着替える。
坂上 「おちついて。こういう時には「おはし」の約束」
全員 「「お」おさない。「は」はしらない。「し」しゃべらない」
坂上 「よーし、行くわよ」
牧瀬 「待って」
ユミ 「どうしたの」
牧瀬 「朝ごはん食べてない」
坂上 「そんなこと言ってる場合じゃないでしょ」
牧瀬 「坂上がおはしって言うから思い出しちゃったんじゃない。
    腹へった」
ユミ 「あとでお菓子あげるから、ほら、○○○おいて」
牧瀬 「ユミこそ何もってんのよ」
ユミ 「あ」
坂上 「もう、急いで」
ユミ 「ちょっと待って」
坂上 「今度は何」
ユミ 「佳奈子はどうすんの?」
みずえ「迎えにいく?」
坂上 「校長室にいるから大丈夫よ。集合まであと七分しかない」
みずえ「正午までにはあと五時間あるわ」
ユミ 「そうか。私たちで爆弾みつけちゃえばいいのよ」
坂上 「そんな簡単にできる訳ないじゃない。第一探すったってこ
    んな広いとこ」
ユミ 「木をかくすなら森の中よ、ね、みずえさん」
みずえ「何だかよくわからないけど面白そう」
ユミ 「でしょ?」
牧瀬 「実戦なら強いわよ。コードの切断は私に任せて」
坂上 「ちょっと、みんな本気?」
ユミ 「私たちの知識を役立てないでどうするの。母校をすくわな
    きゃ」
牧瀬 「あんたのマニュアル本も持ってきな。使えるかもよ」
坂上 「あ、うん」
ユミ 「何だかんだ言ってのせられちゃうのよね」
みずえ「ほんとに」
坂上 「これ、使える?」
ユミ 「あんたの頭も必要なのよ。一緒に来てくれる」
坂上 「わかった」
牧瀬 「じゃ行くよ」
坂上 「まず、どこに行く?」
ユミ 「みんなが爆弾犯人だったら、どこ狙う?」
みずえ「武器庫か、──本館?」
坂上 「武器庫とかあの辺りは行けないよ。グラウンド突っ切るか
    ら」
ユミ 「じゃあ、とりあえず本館さがそうか。佳奈子もあそこにい
    ることだし」
牧瀬 「行くぜ!」
三人 「おう」


《八》校長室

校長 「松井佳奈子さんね。なぜ自分が呼び出されたかわかる?」
佳奈子「いいえ。何でしょう?」
校長 「あなたに協力してもらいたいのよ、本校の生徒として」
佳奈子「?」
校長 「昨日の朝、ある過激派の団体が政府に対して、政治犯を釈
    放するよう要求してきました。又、この要求が受け入れら
    れない場合は、軍事施設を爆破するとも言っています。タ
    ーゲットは都立軍事技術研究所ともう一つ、わが校です。
    政府は、この要求だけは呑めないといって拒否しました。
    あなたがさっき聞いた避難訓練の放送は、実は本当なの。
    今頃生徒たちはみんな校外に避難しているでしょう。あな
    た一人にここに残ってもらったのは、あなたならこのニュ
    ースについて何か知っているんじゃないかと思ったからよ」
佳奈子「今初めて知りました」
校長 「あなたなら知っていると思ったのですがね」
佳奈子「──」
校長 「私たちは、内部に例の団体の共犯者がいると推測している
    のよ。昨日から調べてはいるんだけど、どうも手がかりが
    つかめないの。はっきりとした決め手がね。そういう訳で、
    松井さん、あなたにきていただいたのよ」
佳奈子「私に何をしろとおっしゃるのですか」
校長 「ただ話してくれるだけでいいのよ」
佳奈子「何を話せばよろしいんですか」
校長 「爆弾の在りかを」
佳奈子「私を疑っておられるのですか?」
校長 「残念ながら」
佳奈子「私はこの学校の生徒です。そしてそれを誇りに思っていま
    す」
教官 「あなたが模範的で優秀な生徒だったということは認めます
    よ。そのあなたがどうして反政府主義者の仲間入りしてい
    るのか理解に苦しみます」
佳奈子「違います。私そんなんじゃありません」
校長 「すぐに喋ってもらえるとは思ってないわ。取引しましょう」
佳奈子「お話しする事はありません」
校長 「そうかしら? わたしたちはあなたに、ここを卒業してか
    らのある程度の地位を約束してあげられるのよ。もう一度
    よく考えて」
佳奈子「誤解です。私本当に何も知らないんです。帰していただけ
    ますか」
教官 「だまされそうになるわね、この顔を見ていると」
校長 「私たちは根拠もなしに言ってるのではないんですよ。内田
    さん、資料を」
教官 「はい。一九九二年大阪に生まれる。五歳の時、母方の叔父
    が傷害事件で逮捕される。思想的に偏りがあり、警官にリ
    ンチされて死亡。同じ年、松井氏の養女となる。十二歳の
    時、実の両親が反政府主義の活動で逮捕され、現在も服役
    中。十七歳になって、女子陸軍士官学校の編入試験を受け
    合格する。──認めますか?」
佳奈子「はい、まちがいありません。でも、私の経歴と、そのお話
    とは関係ないと思います」
教官 「あくまで知らないと言うのね」
佳奈子「知りません。確かに私の経歴は疑われても仕方のないもの
    です。でも、松井の姓になってから私一度も両親に会って
    ないんです。もう全然知らない人たちになっています。今
    更そんな事を言われても──」
校長 「できるものなら信じてあげたいのだけれど」
教官 「さっきのニュース、あなたは知らないと言った。ではこれ
    はどうかしら」
      封筒を取り出す。
教官 「この手紙には、わが校の詳しいデータが書かれています。
    カリキュラムから教職員の構成、武器の所持量まで──。
    わが校は教育機関とはいえ、れっきとした軍の施設です。
    その内情を知らせることは、重罪に値します。たとえ、そ
    の者がまだ若い士官候補生だったとしても。昨日の昼休み、
    私はこれをあなたの部屋で見つけました」
佳奈子「嘘です。そんなもの書いたおぼえはありません」
教官 「あなたの机から見付かったのよ」
佳奈子「濡れ衣です。それは本当に知りません」
教官 「じゃあニュースの方は知っていたとでも?」
佳奈子「……」
教官 「いい事を教えてあげましょう。例の団体はけさ早く、政府
    との取引に応じたわ。無理な要求はひっこめて、爆破は中
    止するとの事。先程その知らせがはいりました」
佳奈子「嘘! 計画は必ず遂行される筈──」
教官 「やはりあなたが犯人ね? 言いなさい。ほかに共犯者は?」
佳奈子「……」
教官 「黙ってても無駄よ。あなたはさっき自分から認めたわ」
校長 「内田さん、それでは……」
教官 「ええ、彼女です。七年前と同じです、生徒がスパイ行為を
    働いて──」
佳奈子「七年前もそうだったんですね。たった一人の生徒に自分た
    ちの罪を押しつけた」
教官 「何のこと?」
佳奈子「知らないとは言わせない。あの時も、今みたいに証拠をで
    っち上げてみんな彼女のせいにしたのよ。本当にスパイは
    内田教官、あなただったというのにね」
教官 「何を言ってるの? 黙りなさい」
佳奈子「なんであなたはのうのうと生きていられるの? 組織は、
    一人でも情報員をおいときたかったから、あんたのことを
    見逃した。でも私は許さない。あんたは仲間を裏切ったば
    かりか、罪を負わせて殺したのよ。自殺なんかじゃない、
    あんたに殺されたのよ」
教官 「錯乱しているようです」
校長 「内田さん」
      岡部入ってくる。
岡部 「さっきの話本当ですか」
校長 「岡部さん、どうして──」
教官 「退去命令が出ている筈よ。あなたには関係ないでしょう、
    早く行きなさい」
岡部 「本当なの?」
      佳奈子に訊く。佳奈子頷く。
教官 「岡部さん!」
岡部 「ええ、私の名前は岡部よ。でも妹は永井由美といったわ」
      岡部、教官に切りかかる。が、かわされる。
岡部 「あなたが、妹を殺したのね」
      尚も切りかかる。教官答えない。
校長 「岡部さん、やめなさい」
      佳奈子が外に駆け出して行こうとした瞬間、生徒四人
      がなだれこんできて、ふさがれる。
ユミ 「佳奈子!」
      教官、岡部をとりおさえている。
教官 「その子をつかまえて!」
坂上 「はいっ」
佳奈子「放してよ!」
教官 「しっかりつかまえていて」
ユミ 「教官、これはどういう……?」
教官 「その子がテロリストよ、爆弾を仕掛けた。──ああ、避難
    訓練というのは嘘よ。本当に起こった事なの。その子を渡
    してちょうだい。代わりにこの人押さえてて。
      佳奈子と岡部をとりかえる。
岡部 「どうして妹を殺したの」
教官 「自分の身を守るためよ」
岡部 「由美は、あなたを尊敬してたわ。若くて優秀な教官がいる
    って、よく話してた」
教官 「光栄ね。校長先生、警察に連絡して下さい。私の処分は、
    爆弾騒ぎがおさまったあとで。逃げたりしませんから」
校長 「ええ……」
      教官、佳奈子を放す。
教官 「さあ、言いなさい。爆弾はどこにあるの?」
佳奈子「あんたたちには捜せない」
ユミ 「佳奈子が爆弾犯だったの……?」
佳奈子「どうしてここにいるの」
ユミ 「どうしてって」
佳奈子「死にたいの? 早くいって」
教官 「待ちなさい」
      教官、銃をとり出しユミに狙いを定める。
教官 「爆弾の在りかを言いなさい」
校長 「内田さん!」
佳奈子「本気?」
教官 「私にはもう恐いものなんてないのよ」
ユミ 「佳奈子……」
教官 「どう? 言うの、言わないの?」
      ユミを捉えて、佳奈子の方へ踏み出す。
佳奈子「やめて! お願い……。その人を離して」
教官 「なら言いなさい」
      更に近づく。
ユミ 「佳奈子!」
佳奈子「やめて! ……分かった。言うわ。言うから、離してあげ
    て」
      佳奈子、窓の方に駆け出す。
ユミ 「佳奈子!」
      閃光と爆音。
      佳奈子はいない。
坂上 「佳奈子が、爆弾だったんだ……」


《九》エピローグ

      生徒四人(ユミ・牧瀬・坂上・みずえ)と校長。
校長 「今期は色々と思いがけない事が起こりました。ご存じの方
    もあると思いますが、内田教官はもうこの学校にはいらっ
    しゃいません。彼女はわが校の教官に着任して以来、多く
    の生徒の模範となり軍人とはどうあるべきかを示してくれ
    ました。先日のテロ事件に関して、彼女がとった処置とそ
    のすばやい決断は賞賛に値します。本人の都合により、今
    期限りで学校をやめられる事になりました。非常に残念で
    す。先日の事件についてですが、わが校の生徒のひとりが、
    反政府主義者の活動に係わっていた事は誠に遺憾に思いま
    す。言うまでもない事ですが、本校は国家に奉仕する軍人
    の養成を目的としています。もう一度、それぞれの原点に
    たち返って確認しましょう。あなた達は、これからの日本
    を担っていくべき存在です。この国の将来を決めるのはあ
    なた達なのです。今あなた達がゆくべき方向をしっかりと
    見定めて、それに向けて着実に進んでいく事が大切です。
    ──今日の朝礼はこれで終わります」
坂上 「敬礼!」
      生徒たち、敬礼する。
      校長は軽く答礼して去ってゆく。


                         (おわり)


注:佳奈子の生まれた年となっている一九九二年は、『回帰線』初
演の年です。「今年」生まれた子供達の物語という意図で設定しま
した。実際に上演する際、適宜書き換えて下さい。

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(以降の文章は著作権表示なので、印刷する場合もコピーする場合
も、その他いかなる形式における複製においても、削除は禁止しま
す)

この脚本は、日本の著作権法および国際著作権条約によって保護さ
れています。「回帰線」は山本真紀の著作物であり、その著作権は
作者である山本真紀に帰属するものです。

この脚本を全部あるいは一部を無断で複製したり、無断で複製物を
配布することは、固く禁じます。例外として、ダウンロードした本
人が所属するサークルあるいは劇団内で閲覧するための複製のみ、
次の二点が満たされていることを条件に、認めます。

 一、タイトル(『回帰線』 作・山本真紀)から最終行の英文コ
   ピーライト表示までが全て含まれていること。
 二、テキストを一切改変しないこと。

上演を行う際には、事前に必ず作者の許可を得る事が必要です。問
い合わせは、作者の主宰する「劇団空中サーカス」へどうぞ。

 「劇団空中サーカス」公式サイト http://www.k-circus.com/

上演許可の申請は、出来るだけ早めに行って下さい。この脚本の使
用料は、無料公演・有料公演といった公演形態に関係なく、申請時
期によって変わります。予算の関係で減額してほしい場合は、ご相
談下さい。

 一、公演初日より三週間以上前に、許可申請がされた場合。
   ・・・五千円。

 二、それ以降(事後承諾含む)の場合。
   ・・・一万円。

上演のための改変は、作者が上演許可を出した公演においてのみ、
認めます。ただし、原型をとどめないほどの改変はご遠慮下さい。
どこまで手を加えたら良いのか分からない場合は、作者あるいは劇
団までお問い合わせ下さい。
なお、改変された脚本の著作権も作者のものとし、改変者には何ら
権利が与えられないものとします。


Copyright (C) 1992 MAKI YAMAMOTO. All rights reserved.

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