◆ オリジナル台本 『人生はバラ色だ』 ◆

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題名 人生はバラ色だ
作者 山本真紀
キャスト 6人
上演時間 80分
あらすじ 「人生はバラ色だ。天国と地獄を行ったり来たり、もう駄目だあっと叫んだ瞬間、幸運の女神が舞い降りて、やはり人生捨てたもんじゃないと思い直すのです」
とある小さな田舎町で、手作り飛行機の製作に情熱を傾ける老姉妹の物語。

注:
2004年に「第10回劇作家協会新人戯曲賞」の最終候補作となった『人生はバラ色だ 〜なっちゃん空を飛ぶ〜』とは別作品です。

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注意事項



人生はバラ色だ



○登場人物

  姉(なっちゃん):飛行機作りに情熱をかける老女。
  妹(ちいちゃん):右に同じ。なっちゃんの妹。
  ゆう子(通称はるちゃん):姉妹の友人。小学生。
  吉井:ゆう子の母。
  上田:町役場に勤める。姉妹の談話を町報に載せたいとして、やってくる。
  ヤクルトおばさん:ヤクルトレディーとも言う。オレンジジュースは一〇
  五円、アップルジュースは一二五円である。
  子供時代の妹:*ゆう子役が兼ねても可。
  鼓笛隊:遊園地で演奏する。
  遊園地の人々
  子供たち


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   『人生はバラ色だ』 作・山本真紀

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一、プロローグ

  荒れ果てた庭に、黒いビニール張りの椅子が打ち捨てられている。
  どうやら、車のシートらしい。

  一人の老女が現れ、シートの周りを回り始める。
  別の老女、同じようにシートの周りを回る。こちらは、当惑した表情。
  二人の描く円が段々小さくなる。
  最初の老女が、手提げかばんから座布団を取り出し、シートの上に置くと、
  二人は並んで腰を下ろした。

  頭上の青い空を、飛行機が横切ってゆく。
  振り仰ぐ老女二人。


二、始動

  庭に、二人連れの母娘が現れる。

吉井「あ〜、暑くなってきたわね。はるちゃん、アイス食べる?」
ゆう子「いらない」
吉井「そお。じゃ、お母さん食べようっと」
ゆう子「やめなよ、みっともない」
吉井「誰も見てないわよ。あーん」

  食べようとして、何かにけつまずく。

吉井「きゃっ(アイスを落とす)」
妹「あら(拾って食べる)」
ゆう子「私のアイス!」
吉井「……あの」
妹「はい」
吉井「おばあちゃん」
妹「はい」
吉井「ここで、何をしてらっしゃるの?」
妹「いろいろ」
吉井「いろいろって──」
妹「いろいろよ」
吉井「だから、いろいろって──」
妹「ひなたぼっこ。年寄りの娯楽よ」
吉井「ああ」
妹「それじゃ(会話を打ち切ろうとする)」
吉井「あの。……ここ、うちの庭なんですけど」
妹「ええ、ええ。いいお庭をお持ちで」
吉井「いえいえ、うちは無精で、全然構ってないんです。くねくねしないの」
ゆう子「だって」
吉井「それ、おばあちゃんが持ってきたんですか」
妹「え?」
吉井「お尻の下の。車のシートですよね」
妹「そうね」
吉井「どいて頂けます?」
妹「はい?」
吉井「どいて頂けます? それ、捨てますから」
妹「どうして」
吉井「どうしてって、邪魔だからですよ」
妹「邪魔じゃないわ」
吉井「邪魔なんです。はるちゃんあんたも手伝いなさい」
妹「何するの」
吉井「おばあちゃん。困るんですよ。勝手によその土地に入って来られたら。
 欲しいんなら、持っていっていいから、とにかくどいて下さい」
妹「いやよ。いやよ。死んでもいやよ」
姉(目を覚まし)「なによ」
妹「なっちゃん、助けて。この人が、私にいじわる言うの。私たちの座席を捨
 てるって」
吉井「あとで、ゴミ捨て場から拾って来ればいいでしょ。さあさあ、いい子だ
 から言うこと聞いてちょうだい」
姉「しっ! しっ!」
吉井「何するの」
姉「あっち行け。しっ!」
ゆう子「行けったって、ここは私たちのうちよ」
姉「あっち行かないと、祟るぞよ〜」
吉井・ゆう子「キャーッ」

  二人、逃げていった。
  姉、満足そうに笑っている。

妹「なっちゃんたら」
姉「おどかしてやった」
妹「だめよ。いい人たちなのよ」

  ネクタイを締めてサラリーマン風の青年が通りかかる。
  町民にやさしい職場を標榜している町役場に勤める、上田青年である。

上田「こんにちは。変わった所でお会いしますね」
妹「そんなことないわよ」
上田「そうですか。いつ見ても生き生きされてて、いいですね。では、また」
 (去る)
姉「誰だっけ」
妹「上田豆腐屋の孫よ。役場の隣の」
姉「ああ。あそこのゆば、絶品なんだってね。高いから、手が出ないけど」
妹「今、町役場に勤めてるんだって。近くて便利ね」
姉「あの子のおじいさん、社交ダンスの名手よ」
妹「そうなの?」
姉「うまいんだって。豆腐屋の旦那が、ぱりっとタキシード着てね、あの嫁さ
 んの一メートルくらいあるお腹抱いて、いちにさん、いちにさん、そりゃあ
 格好いいって。おかしいよね。──いつまで笑ってんのよ」
妹「だって、おかしいんだもの」
ヤクルトおばさん「いいお天気ですね」
姉妹「こんにちは」
ヤクルトおばさん「ここ、吉井さんちじゃありません?」
姉「何か、文句ある?」
ヤクルトおばさん「とんでもない」
姉「りんごジュース、ある?」
ヤクルトおばさん「一二五円です」
姉「一二五円?」
ヤクルトおばさん「はい」
姉「高いわね」
ヤクルトおばさん「オレンジジュースは一〇五円です」
姉「それ、同じ量なの?」
ヤクルトおばさん「はい」
姉「じゃ。それちょうだい」
妹「何で値段が違うの?」
ヤクルトおばさん「りんごより、みかんの方が値段が安いからでしょうね。あ
 りがとうございました」(去る)
姉「おごってあげる」
妹「ありがとう。疲れちゃった」
姉「あんた、外面がいいからね」
妹「そうなのよ」
姉「人と会うたびに、ニコニコ、ニコニコ、よく出来るわね」
妹「癖なのよ」
姉「いい加減、直したら」
妹「いいの。この方が、生き易いんだもの」
姉「ゆき、何だって」
妹「生きて、いきやすいの」
姉「変わってる」
妹「そうかしら」
姉「見てて、苛々するわ」
妹「そう」
姉「好き勝手にやればいいのに。私なんて、生まれてこの方七十五年間、ずっ
 と気ままに生きてきたわよ」
妹「姉さんは、これからもそうね」
姉「おう。気ままに生きて、気ままに死んでやるわよ。この設計図、良く分か
 んないわね」
妹「書いたのは姉さんよ」
姉「そりゃそうだけど」
妹「これ、本当に出来るのかしら」
姉「疑うの?」
妹「だって、飛行機よ」
姉「飛行機よ」
妹「飛べるのかしら」
姉「知らないわよ」
妹「飛びたいわね」
姉「飛べるわよ」
妹「飛びたいわね」
姉「飛べるわよ」
妹「一緒に、連れてってね」
姉「連れてってあげる」

  頭上を、飛行機が飛んでいく。
  二人、手を休めて空を見上げる。


三、はるちゃんの悩み

  庭で、姉妹が何やら得体の知れないものを作っている。
  スクラップの山。

姉妹「まちのどこかに〜
  さびしがりやがひと〜り
  今にも泣きそうに〜
  ギターを弾いているう〜」
  (歌:「真夜中のギター」)

  パジャマ姿の吉井が飛び出してくる。
  ゆう子も出てくる。

吉井「うるさいうるさいうるさーい! おばあちゃん。いい加減にしてもらえ
 ます? 人んちの庭で、朝も早くからギコギコ、ギコギコ、陰気なうたまで
 うたって、もう我慢できません!」
妹「午前六時。早いかしら」
姉「早くないわよ」
吉井「私らには早いんです。うちはね、日曜の朝は、ゆっくり寝ることにして
 るんですよ。一週間たまりにたまった寝不足と疲労を回復するべく。布団に
 こもっているうちに、お日さまが高くなってきて、んーまぶしい、もうちょ
 っと、ねえ、あなた、うーんって朝寝する、このダラダラ、グネグネ、ニョ
 ロニョロ、幸せだなあって思えるこの時間が私たちには必要なんです。人生
 現役を退いた年寄りがヒマなのは分かりますけどね、私たちのささやかな休
 息を邪魔しないで頂きたいわ」
姉「ちょっと。人生現役を退いたって、どういう意味よ」
吉井「そのままの意味よ。リタイアしてご苦労さん、もうお休みになって下さ
 いのご用済みの人って意味よ」
姉「ご用済みって何よ。古新聞やぼろきれと一緒にしないでちょうだい。私は
 まだ人生真っ盛りよ。まだまだやりたいことだって、いっぱいあるんだから」
吉井「やりたいこと、ばんばん何でもなさって下さい。ただし、うちの庭では
 ごめんです」
姉「出てけって言うの?」
吉井「出てけ──!」

  姉妹、逃げていく。
  そこへ、ヤクルトおばさんが登場。

ヤクルトおばさん「一体、何の騒ぎですか」
姉「私ら、あきらめないからね」
妹「あきらめません」(去る)
ヤクルトおばさん「あのう」
吉井「はいはい。そのヨーグルト、ちょうだい」
ヤクルトおばさん「ありがとうございます。一〇〇円です」
吉井「一〇〇円? ちょっと待って。はるちゃん、あんたもいる?」
ゆう子「いらない」
吉井「つきあいなさいよ。お母さん一人で、食い意地張ってるみたいじゃない」
ゆう子「うん」
吉井「オレンジジュースも」
ヤクルトおばさん「一〇五円です」
吉井「ご苦労さん」
ヤクルトおばさん「ありがとうございました」

  ヤクルトおばさん、去る。
  二人、食べつつ、

吉井「ほんとに、あのクソババアどもが」
ゆう子「えっ」
吉井「クソババアって言ったのよ、悪い?」
ゆう子「ううん。お母さん」
吉井「何?」
ゆう子「あの椅子、もらってもいい?」
吉井「椅子? あれのこと? よしなさいよ、きたない」
ゆう子「でも」
吉井「粗大ゴミの日に捨てるから。触ったりしちゃダメよ」

  吉井、去る。

ゆう子「うーん」

  ゆう子、シートに近づいて、眺める。

ゆう子「うーん」

  ゆう子、シートに座って一人遊びをす
  る。

ゆう子「椅子。馬。馬。ハルウララ走ります、がんばれ、がんばれ──くるま。
 うん、くるま。運行前点検します。燃料は満タンですか。ルームミラー良し、
 ドアミラー良し、みんな良し。発進!」

  子供が二人、現れる。

子供1「はるちゃん」

  ゆう子、振り返る。

子供2「こんにちは」
ゆう子「……」
子供2「給食のパン、持ってきた。それと、社会のプリントと。(渡す)はる
 ちゃん、いつになったら学校に来るの? 来週は、来週はって、もう一か月
 になるよ」

  ゆう子、うつむく。

子供1「つらいのは分かるけど、がんばって来なよ。じゃないと、一生学校に
 来れない人になるよ。のんちゃんも、毎日はるちゃんちにパンとどけるの、
 大変じゃない。そこんとこ、考えてほしい」
子供1「私、別に」
子供2「もういやって言ってたじゃない。はるちゃん、ねえ、いつ来るの?」
ゆう子「行かない。それに、もうパン持って来なくてもいい」
子供1「そんな言い方しなくてもいいじゃない」
子供2「そうだよ。のんちゃんに失礼だよ。あやまんなよ」
ゆう子「もう、行かないから。先生にも言っといて」
子供1「先生にもって、私たちの立場はどうなるのよ」
ゆう子「知らない」
子供2「行こ。こんな人、放っとこう」
子供1「バカ。ずっとそうしてろ。あんたなんか、もう知らない」

  子供たち、駆け去って行く。
  ゆう子、プリントとパンを見つめる。
  と、それを地面に投げつける。
  再び一人遊びを始める。
  今度は無言で。

姉「孤独だねえ」
ゆう子「……?」
妹「さっきのは、友達でしょ」
ゆう子「ちがう」
妹「そう?」

  ゆう子、頷く。

妹「学校、行ってないのね」
ゆう子「……」
姉「何で、行かないのよ」
ゆう子「行きたくないから」
姉「行きたくなければ、行かないの?」
ゆう子「悪い?」
姉「わがまま」
ゆう子「ちがう」
姉「ズルいんだよ。逃げてんだよ」
ゆう子「ちがう」
姉「そうでなければ、甘えてる」
ゆう子「ちがう!」
妹「やめようよ、ね。これ、何だか分かる? 分からない?」
ゆう子「くるま」
妹「くるま?」
ゆう子「くるまのシート」
妹「内緒だけどね、これ、本当は飛行機なの」
ゆう子「うそ!」
妹「ほんと。見て」
ゆう子「設計図」
妹「飛行機よ」
ゆう子「ほんとだ。これ、誰が書いたの」
妹「なっちゃん」
ゆう子「すごい」
姉「私、編み物は少し得意なの」
ゆう子「これ、本当にできるの。飛ぶの。乗れるの。私も乗りたい。乗せて、
 乗せて」
妹「ダメよ。だって、これ私たちの飛行機だもの」
あね「いいじゃない。乗せてあげれば」
ゆう子「えっ。ほんとに、ほんとに、乗せてくれるの?」
姉「うるさいわね、私が乗せると言えば乗せるのよ。その代わり」
ゆう子「うん」
姉「あんた、お母さんを説得しな。この座席を捨てません、て約束させるの。
 ここで飛行機作っていいって、言わせるのよ」
ゆう子「うーん」
姉「できないの?」
ゆう子「せっとくしたら、乗せてくれるの?」
姉「もちろんよ」
ゆう子「じゃあ、する。せっとくする」
姉「絶対よ」
ゆう子「約束する」

  ゆう子、走っていく。

姉「うまいこと、やったわ。我ながら、ほれぼれする手腕ね。あら、どうした
 の」
妹「何が」
姉「何がって、あんた、それ、怒ってる顔よ」
妹「怒ってないわ。別に、怒ることないもの」
姉「いいや、怒ってる。その顔は絶対怒ってる」
妹「だったら、どうだって言うのよ」
姉「ほら、やっぱり怒ってるじゃない」
妹「怒ってなんかない。手がお留守になってるわよ。ちゃんと働いてよ」
姉「一体、何が気に入らないのよ」
妹「言いがかりはやめてよ」
姉「もう、知らない」

  姉、去る。
  妹、黙々と作業をしていたが、やがて、

妹「バカ。もう、死んじゃえ」


四、続・はるちゃんの悩み

  姉が一人で飛行機を作っている。

上田「こんにちは。精が出ますね」

  姉、返事をしない。

上田「何を作っているんですか?」
姉「見りゃ分かるでしょ。飛行機よ」
上田「飛行機」
姉「ええ」
上田「それはまた何で?」
姉「乗りたいからよ。それ以上でも、それ以下でもないわ」
上田「はあ。でも、何も、人様のうちで作ることはないでしょうに」
姉「余計なお世話よ」
上田「すみません」
姉「何、座ってんのよ」
上田「休ませて下さい。ダメですか?」
姉「目ざわりね」
上田「じゃあ、目ざわりじゃない所に座ってます」

  一人、勝手になごむ上田。

姉「役場ってのは、ヒマなんだねえ」
上田「別にヒマじゃないですよ」
姉「じゃあ、何で、こんな所で油売ってんのよ」
上田「町民とコミュニケーションを取るのも、立派な仕事です。特に、さびし
 いお年よりとはね。いてっ」
姉「口の利き方がなってない。あんた、公務員になって真面目になったのかと
 思ったけど、中身は全然変わってないわね。ほんとに、しょうもない不良だ
 よ」
上田「もう悪いことはしてませんよ」
姉「当たり前だよ。さあ、早く行って仕事してきな」
上田「きついなあ」

  妹、やって来る。

上田「こんにちは」
姉「遅かったじゃない」
妹「ごめんなさい」
姉「さっさとかからないと」
妹「はい」
上田「お邪魔しました」
姉「頑張んなさい」
上田「はいっ。行ってきます!」

  上田、去る。

姉「何、黙ってんのよ」
妹「ごめんなさい。ぼうっとしてた」
姉「考え事もいいけどね。あんた、もうちょっと」
妹「何」
姉「気楽に、気楽にな」
妹「──」
姉「それが、あんたの性分なんだから、仕方がないかも知れないけど」
妹「姉さんこそ」
姉「うん?」
妹「私、姉さんがうらやましいわ。すごく自然に、人に気を遣ってあげられる
 んだもの。そうしなきゃいけないって訳じゃなくて。天性、人をなごませる
 才能があるのよ」
姉「買い被りよ」
妹「ちがう。私はダメね。いつも、人の目が気になってしょうがない」
姉「お昼ごはん、何にしようかな」
妹「何でも」
姉「冷奴は?」
妹「おなか冷えそう」
姉「湯豆腐なら」
妹「あれは晩に食べるものよ。お豆腐ね」
姉「うん。豆腐屋の孫の顔を見てたら、お豆腐が食べたくなっちゃった」
妹「別に、顔が豆腐に似てる訳じゃないけれど。でも、あれね。顔を見ると豆
 腐が食べたくなるっていうのは、一種の宣伝効果ね。あとで買いに行く?」
姉「ここら辺一帯は、昔は、ただの山地だったんだよ」
妹「ふーん」
姉「ちっちゃな川があって、ゼンマイや、ワラビや、葛やらがはびこって。今
 はその川が、クリーニング屋の横のドブ川になってる」
妹「うん」
姉「この町に引っ越す時に、土地をどこに買おうかって話になってね。母さん
 は、ここがいいって言ったんだ。日当たりもいいし、土地も肥えてるから畑
 をしてもよくできそうだって。何より、近所づきあいをしなくていいっての
 が魅力だった。その頃は、こんなに家がなかったよ。うちの上の岡田さん、
 あとは豆腐屋の上田か」
妹「今は、駅前に住んでる」
姉「そうそう。──どこまで話したっけ」
妹「近所づきあい」
姉「ああ」
妹「上田さんって、姉さんが好きだったのね」
姉「昔の話よ」
妹「私、上田さんがうちに来て、姉さんを下さいって頭を下げたこと、覚えて
 る」
姉「やもめだったんだよ」
妹「姉さんもいい年だったわ」
姉「三十は過ぎてた」
妹「家を出て働いてた私の所にまで来て、お願いしますって。でも、どうして、
 姉さんは断わったの?」
姉「さあ。忘れちゃった」
妹「うそ」
姉「あの時は、母さんが家にいたからね」
妹「そう」
姉「何となく、気が進まなかった」

  妹、頷く。
  何となく、沈黙。

姉「そうだ。思い出した」
妹「何を」
姉「マムシ谷よ」
妹「えっ?」
姉「ある人が、そう言ったのよ」
妹「何て?」
姉「この土地を買うって話をしたら、その人が、『山本さん、やめときんせえ。
 あそこはな、今でもそやけど、昔はもっとようさんマムシがおってな。マム
 シ谷ゆうて呼ばれとったげな。ほんやさけえ人が住まへんのや。やめとった
 方がええでえ』って」
妹「マムシ谷」
姉「そう」
妹「すごい名前ね」
姉「でしょ」
妹「日当たりが良くて、川が流れてて」
姉「木の枝から、蛇が垂れ下がってくるのよ」
妹「まるでルソーの絵ね」
姉「そう、ルソー」
妹「言ってぞうっとしちゃった。その辺にいないでしょうね」
姉「大丈夫。何十年も昔の話よ」
妹「良かった」
姉「結局、土地は買ったのよ」
妹「安かったんでしょ」
姉「そう」

  ゆう子が来る。

ゆう子「なっちゃん、あのね、あのね、私──」
姉「どうだった」
ゆう子「いいって。お母さん、作ってもいいって、言ってたよ」
姉「ほんとに?」
ゆう子「ほんと」

  吉井、現れる。

吉井「おばあちゃん。という訳で、うちの庭を一時、お貸しします。ただし。
 家の中に入ってきたり、洗濯物にイタズラしたりは、困りますからね。節度
 あるお付き合いを、お願いしますわ。さ、はるちゃん」
ゆう子「……」
吉井「約束でしょ。学校に行きましょう」
妹「学校って」
吉井「学校に行くんです」
姉「どうして」
吉井「どうしてってあなた、学校に行くのが子供の務めでしょう。はるちゃん
 は、しばらくお休みさせてましたけど、そろそろ行きたいって自分から言い
 出して。えらいね、はるちゃん」
妹「ほんとに、そう言ったの」
姉「うそに決まってるよ」
ゆう子「言ったわ」
妹「ほんとに?」
ゆう子「うん」
吉井「はるちゃんは、自分から行きたいと、これからは体育も給食も図画工作
 もちゃんとやるから、その代わり、おばあちゃんたちと遊ぶのを認めてほし
 いって言ったんですよ。初めはつらいけど、そうやって自分のわがままと折
 り合いがつけていけるんなら、大丈夫だわ」
妹「つまり交換条件ね」
姉「ずるいじゃない」
吉井「ずるくなんかありませんよ」
妹「こんな人の言うことなんか、聞かなくてもいいわ。はるちゃん、好きにし
 なさいな。行きたくないなら、行かなくていい。行けるようになるまで、ぶ
 らぶらしてたらいいじゃないの」
ゆう子「ダメなの」
妹「どうして、ダメなの」

  ゆう子、黙って首を振る。

姉「はるちゃん、ほんとはいやなんじゃないの」

  ゆう子、答えない。

吉井「はるちゃん。もう行かないと、先生にご挨拶できないわ」
姉「はるちゃん」

  ゆう子、吉井に連れられて行ってしまった。

妹「何だか、後味が悪い」
姉「そうね」
妹「私たちが、けしかけたりしたから」
姉「仕方ないよ」
妹「学校がいやだなんて。何でだろう」
姉「さあ。学校になんか、あんまり行ったことがないんでよく分からないよ」
妹「私も」

  二人、ぼんやりしてしまう。

姉「そろそろ帰ろうか」
妹「うん。なっちゃん」
姉「ん?」
妹「お豆腐を買って帰らなくちゃ」
姉「そうだった。行こうか」
妹「うん」

  二人、口笛を吹きながら行ってしまう。


五、婚約記念日

  深夜、吉井家の庭。
  姉妹、うきうきとやって来る。
  ランプをともす。

妹「姉さん。今日は、私の婚約記念日よ」
姉「え。何だって」
妹「こんやく、きねんび。あら、私、コンヤクって言えないわ。コンニャクに
 なっちゃう」
姉「あんたも年ね」
妹「写真、持って来たの」
姉「見せて。あら、いい男に写ってるわね」
妹「そうでもないわ。ただ、ほかに持ってないの」
姉「そこに飾るのよしなさいよ。お仏壇の写真みたいで、何だか」
妹「変かしら」
姉「変よ」
妹「いいの。私、しあわせ者ね」
姉「はあ?」
妹「ワイン、飲む?」
姉「ちょっとだけなら」
妹「ちょっとね。(注いで)乾杯」
姉「頂きます」
妹「啓吉ちゃん」
姉「え?」
妹「啓吉ちゃんで、いいのよね」
姉「ああ。そうよ」
妹「不思議ね。私、ささいな事柄は、すごくはっきり覚えてるの。この人、お
 祭りではちょっとしたスターだったわ。金魚すくい名人だったの。彼が立ち
 止まると、屋台のおじさんは、青くなったものよ。さあいやな奴が来た、こ
 れで金魚は店じまいって、観念するの。まず四匹赤いのをつかまえてから、
 おもむろに出目金を、黒よ、黒いのをつかまえて、そこからは独壇場ね。ま
 るで天ぷらを揚げる時みたいに、ひょいっ、ひょいって。おじさんが、頼む、
 啓吉ちゃん、十五匹までにしてくれってすがると、この人、しょうがねえな
 あ、勘弁してやるかって笑うの。その笑い顔に、私たちみんな夢中だったわ」

  姉、黙ってワインをなめている。

妹「そんなことは覚えているのに。名前が思い出せないなんて」
姉「ああ、はるちゃんが叱られてるよ」
妹「え?」

  二人、耳を澄ます。
  ハーモニカの音がやんで、吉井の怒鳴
  り声が聞こえてくる。

妹「あの子、音楽も苦手だったのね」

  姉が、持って来たラジカセでパティ・ペイジをかける。

姉「ムード満点ね」
妹「どこがよ。変な曲」

  二人、曲に合わせて遊ぶ。

姉「ねえ」
妹「何?」
姉「私ら、命根性がきたないんだよ」
妹「そうね」
姉「長生き」
妹「百まで生きるわ」
姉「もっと、もっと」
妹「人生これから?」
姉妹「じゃんけんぽん」
妹「チ・ヨ・コ・レ・イ・ト」
姉妹「じゃんけんぽん」
姉「パ・イ・ナ・ツ・プ・ル」
姉妹「じゃんけんぽん」
妹「(握りこぶしを見て)グー。グー」
姉「グリコ」
妹「分かってるわよ。私、姉さんより若いのに、姉さんより早くババアになる
 んだわ。それで、姉さんより早く死ぬのよ」
姉「じゃあ、何か、あんた、私に早く死ねって言うの」
妹「そんなこと言ってないでしょ」

  しばし、にらみあい。

姉「……チエコ。今日は、あんたの婚約記念日じゃなかったの」
妹「そうだった。──ねえ。私、何で啓吉ちゃんの写真持ってるのかしら」
姉「あんたの、フィアンセだからでしょ」
妹「そうね。啓吉ちゃん。私、あなたが好きだったのよ。本当よ。名前忘れた
 って、顔を覚えてなくたって、本当なんだから。声も覚えてるし、うなじの
 辺りの生え癖も、歩く時かかとが浮く癖も、みんな覚えてるわ」

  妹、写真を抱いて立ち上がる。

姉「チエコ」

  妹、去る。

姉「私も、結婚しないままだったわ。上田さんに望まれて、そのままいけば良
 かったのに、どうにも踏ん切りがつかなかった。うちの女は、男運がないの
 かしらね。母さんも、旦那にさんざん苦労させられて、働いて、働いて、い
 い思いをすることもなく死んじゃった。チエコも。──チーちゃん?」
妹「なあに、姉さん」
姉「どうかしたの」
妹「嬉しいの」

  現れた少女を見て、姉、驚く。
  少女、手に金魚の入った小さな水袋を提げている。

少女(妹)「もらったのよ。金魚。私、よっぽどほしそうな顔してたのね。じ
 ーっと立って、そばで見てたら、やるよ、て」
姉「……」
少女「大事にしなきゃ」
姉「啓吉ちゃんに、もらったのね」
少女「うん」
姉「あんた、誰だい」
少女「誰。誰って、私、チエコよ」
姉「そうだった」
少女「十年後の私は、どうしてるの? 十年後、二十年後、三十年後の私は?」
姉「金魚は、とうに死んじゃったよ」
少女「そう」
姉「一年くらいは生きてたけど、病気になったんで、川に放してやった」
少女「ふーん」
姉「あんた、分かってるんでよ。本当は分かってるんでしょ」
少女「何が。私、もう帰るね」
姉「チーちゃん」

  少女、いない。
  遠くから、少女の笑い声が聞こえる。

姉「啓吉ちゃんは、あんたと一緒にはならないんだよ。町へ出て、そこで知り
 合った人と結婚したんだ。あんたは、ずうっとひとりなんだよ」

  姉、飛行機の座席に座って、ワイングラスを掲げる。

姉「婚約記念日、おめでとう」


六、グローイング・アップ

上田「(腕組みをして)うーん。うーん」
妹「それ、はるちゃんの口癖よ」
上田「誰です、それ」
妹「私たちの友だち」
上田「うーん。しかし」
姉「何よ」
上田「一体、これ何なんですか?」
姉「見りゃ分かるでしょ。飛行機よ」
上田「飛行機。ははあ。なるほど。飛行機ね。よく、思いつきましたね。すご
 いな」
姉「とってつけたようにほめるわね」
上田「いやいや、夢があっていいと思いますよ。この手づくり風味こそ、失わ
 れて久しい子供たちの夢や冒険心をかきたてるでしょう。子供だけじゃなく、
 大人たちも、このでっかいプラモデルを見て、ああ、僕らにもあんな頃があ
 ったなあ、しょうもない遊びに夢中になった頃があったなあと、思うんです。
 これは素晴らしいことですよ。この飛行機こそが、町民の憩いとなる!」
妹「悪いけどね。これ、飾っておくつもりはないのよ」
上田「え?」
妹「飛ばすのよ、実際に」
上田「飛ばす」
妹「ええ。気持ちいいでしょうね。風を切って、眼下に広がるおもちゃみたい
 な街並みを眺めながら飛ぶのよ」
姉「町に出るのが楽になるよ。私ら、自転車も持ってないからね。買い物の時
 に苦労するのよ」
妹「そうそう、荷物が重くてねえ」
姉「これで、海外旅行もできたりして」
妹「私、フィレンツェに行きたいわ。ボッティチェリを生で見るの。生よ、す
 ごいわよ」
上田「ちょっと、待って下さい。これ、本当に飛ぶんですか」
姉「当たり前よ。私が図面を引いたのよ」
上田「このハネは」
妹「涼しそうでしょ」
上田「板を張るんでしょう」
妹「張らないわ。だって、機体が重くなるから」
上田「動力は」

  姉妹、顔を見合わせて笑う。

姉「この、足よ」
上田「──!」
姉「ペダルがあるでしょ。これを、二人で漕ぐ。ほら、ケイリン選手みたいに
 ね」
上田「ケイリン」
姉「ガーグルも買ってあるんだよ。ホラ」
妹「姉さん、ゴーグル」
上田「ははははは(笑っている)」
妹「ね、格好いいでしょ」
上田「ははははは」
姉「最近、飛行機を作り出してから、体の調子が良くってね」
妹「けさは、二膳もお代わりしたわ」
姉「私が作った米よ。文句あるの」
妹「姉さんが元気で嬉しいわ」
姉「まだまだよ、私ら、これを飛ばさなきゃいけないんだからね。体も鍛えて」
妹「私、水着になるのはいやよ。去年町営プールができたじゃない。温水プー
 ルでつかりやすいって、老人会が貸し切りしてるらしいわ」
姉「年寄りがプールにつかったって、ふやけるだけだよ。温泉にでも行きやが
 れってんだ」
妹「この年で、人前で肌をさらすってのもねえ。つつしみのないことだわ」
姉「何で、プールの話してるんだっけ」
妹「夏だからじゃない」
姉「暑いからね」
妹「暑い」
上田「……いいですね。おふたりとも、イキイキしちゃって」
姉「何よ、気持ち悪い。あんた、このごろ分別臭いね。お役所でそういう口の
 聞き方習ってくるの」
上田「変ですか」
妹「ちょっと、無理してるような感じかな」
上田「分かってます。分かってるんだけど」

  間。

上田「少し、きついんすよ。だってほら、僕高校の時遊んでたでしょう。親父
 が、かたい職業につけって言うから、冗談で試験受けたらこれが通っちゃっ
 て、そのままズルズル公務員になったんだけど、本当にこれでいいのかなあ
 って……」

  姉妹、そっぽを向いている。

上田「合わないような気がして。友だちも、もう仕事辞めちゃった奴とかいる
 し」
妹「もう? だってまだ、四五六七……四か月よ」
上田「そういう奴多いよ(煙草を取り出す)」
姉「こらっ」
上田「すいません。と、僕もう十九だけど」
姉「飛行機のそばで吸うんじゃないよ。燃えたらどうするの」
上田「本当に、飛行機が大事なんだな。そういう生きがいがあるって、いいな
 あ。僕も、早いとこ辞めて、もっと自分に合った仕事見つけた方がいいです
 よね」

  姉妹、立ち上がる。
  そこに、ヤクルトおばさん登場。

ヤクルトおばさん「だいぶ出来上がりましたね」
姉「試運転の日も決まってるんだよ」
ヤクルトおばさん「おめでとうございます。いつですか?」
姉「金曜日だよ。来週の金曜日」
ヤクルトおばさん「見に行きますね。楽しみです」

  ヤクルトおばさん、去る。

上田「楽しそうだなあ」
妹「私、ヤクルト買ってこなきゃ」
姉「私も行くよ」

  姉妹、とっとと行ってしまう。

上田「あーあ。(飛行機に乗り込んで)公務員なんか、やってらんないよ。何
 か面白いことないかなあ」

そこへ、ガーシュウイン「ラプソディー・イン・ブルー」に乗って、美人が登
 場。

上田「おっ。おーっ(目がくぎづけ)」
美人「あ。サンダルの、紐が」
上田「僕が直します」
美人「ありがとう」

  美人、微笑む。

上田「あの」
美人「何か」
上田「僕は公務員です」
美人「まあ。素敵なお仕事」
上田「あの」
美人「何か」
上田「家は豆腐屋です」
美人「私、お豆腐大好き」
上田「あの」
美人「何か」
上田「僕と、僕と、僕と」
美人「私の名は、ゆう子」
上田「──!」
美人「さようなら」

  美人、行ってしまう。

上田「何だったんだ、あれは……。真夏の夜が見せたひと時の夢だったのか。
 いや、あの人は確かに存在していた。あの人の足首に触れたぬくもりを覚え
 ている。僕は、今まで、あのような人がこの世に存在することも知らなかっ
 た! ああ。ゆう子さん。あなたの名は、蜜のように甘く、僕の舌を滴り落
 ちる。ゆう子さん。ゆう子さん。どうして僕は、もう一言、言えなかったん
 だろう。僕と、僕と、僕と、ああ、やっぱり言えない。いや、言おう。今度
 こそ言おう。あの人に会えたら。今度こそ……」

  再び飛行機の座席に戻り、頭を抱える
  上田。
  と、ゆう子が出てきた。
  いつもの小汚い格好。
  庭の片隅に何かを見つけ、拾う。
  棒である。
  棒で庭の土をほじくり返し始める。

ゆう子「うー。うー」

  上田、振り返ってゆう子を見る。

ゆう子「うー。うー」

  再び頭を抱える上田。
  ゆう子、一人遊びを続けている。


七、呪文

吉井「もうじき完成よね。一生懸命作ったものね」

  ゆう子、せっせと作業している。

吉井「見慣れたせいかしら。結構、愛着がわいてきたわ。ちょっと変わったオ
 ブジェだと思えば、気にならないし、ね。それにしても──本当に、飛ぶの
 かしらねえ」
ゆう子「お母さん、うるさい」
吉井「ごめん、邪魔しちゃったわね。お母さん、もう行くからね。今、休憩し
 てるだけだからね。それにしても、暑いわ」
ゆう子「お母さん」
吉井「ん?」
ゆう子「早く行けば」
吉井「ああ。最近、あの人来ないわね」
ゆう子「ヤクルトおばさん?」
吉井「ちがう。ええと、大人しい方のおばあちゃん。チーちゃんだっけ。一体
 どうしたのかしらね」
ゆう子「──」
吉井「クソババアの方も、元気ないし。ありがたいけど、張り合いがないわ」
ゆう子「そう?」
吉井「うん。あれだけ言いたいこと言える相手って、珍しいから」
ゆう子「お母さんは、いつも言いたい放題じゃない」
吉井「相手によりけりよ」
ゆう子「お母さん。仕事、うまくいってないの」
吉井「とんでもない。上々よ。はるちゃんこそ、学校はどうなの」
ゆう子「上々よ」
吉井「そうなの?」
ゆう子「うん」

  二人、ため息。
  姉、現れる。

吉井「こんにちは」
姉「こんにちは」
吉井「──あの。ここ、緩んでますよ」
姉「ああ」
吉井「ここも。ちゃんと接着しないと、危ないわ」
姉「……」
吉井「試運転、いつでしたっけ」
姉「もうじき」
吉井「もうじきね。自信あります?」
姉「ええ、もう」
吉井「町内でも、評判ですよ。夢がある、ガッツがあるってね。私たちも、そ
 の精神を見習うべきだわ。そうそう、婦人会の会長さんが、是非お話を伺い
 たいって。今日にでも聞きに来るかも」
姉「──」
吉井「そのうち、テレビ局や新聞社も押しかけて、一躍有名人になったりして。
 二人並べてインタビュー!」

  上田登場。

上田「こんにちは! 町役場から、取材に参りました」
吉井「ほら来た」
上田「今年は町制二十周年を記念して、さまざまなイベントが盛り沢山! キ
 ャッチフレーズは、『愛らしく、珍妙で、心くすぐる町』です。住民に愛さ
 れる町づくりを目指して、我々は、日々まい進しております。ということで、
 ナツヨさん。飛行機づくりにかける思いなどを」
姉「は?」
吉井「訳分かんないわね」
上田「つまり。取材に来たんです。協力してもらえますか」
姉「え、ええ」
上田「そもそも、何故飛行機を作ろうと思いついたのですか?」
姉「何となく、じゃないかしら」
上田「何となく。作り始めたのはいつ?」
姉「覚えてない」
上田「覚えてない。で、完成の予定は?」
姉「未定」
上田「なっちゃん、困るよ。協力してくれないと」
吉井「そうよ。おばあちゃんは、注目の人なんだから」
上田「そうです。ナツヨさんの飛行機は、今や町の名物なんです。この飛行機
 を目がけて、観光客がどばーっと押し寄せて来たらいいなーなんて、役場と
 しては思っちゃってる訳なんです」
姉「大げさすぎるよ」
吉井「弱気にならないで。おばあちゃんは、台風の目なのよ」
上田「産業もなければ、観光の目玉もないこの町に吹き込む一陣の風」
吉井「そうよ。おばあちゃんは、この町の未来をしょって立つ人材なんですか
 らね」
姉「未来を」
上田「シャキッとして下さい。みんな、ナツヨさんに期待してるんです。(腕
 時計を見て)あ、そろそろ戻らないといけないんで、失礼します。今度はち
 ゃんとコメント下さいよ」

  上田、去る。

吉井「おやつにご招待してね(ゆう子に耳打ち)」

  吉井、去る。

ゆう子「なっちゃん」
姉「何だい」
ゆう子「チーちゃん、どうして来ないの」
姉「家で寝てるよ」
ゆう子「病気? ケンカしたの? ねえ、どうして?」
姉「ダメなんだよ」
ゆう子「何が?」
姉「チーちゃん、おかしくなっちゃった」

  姉、泣く。

姉「物忘れがひどいの。買い物に出かけたら道に迷うんだよ。商店街の真ん中
 で、遊んでた子供らにからかわれて、怒って追いかけてたところを保護され
 たんだよ。どうしたらいいんだろう。チーちゃんぼけちゃったよ」
ゆう子「──」
姉「抜け出してきたんだよ。寝てるうちにって」
ゆう子「もうなおらないの」
姉「なおらないよ。ぼけたら、それっきりだよ。私らが、未来を背負ってるな
 んて、うそだよ。私も、いずれああなるんだ。そろそろ帰るよ。心配だしね」
ゆう子「チーちゃん、いつ来るの?」
姉「最近、喋ってないんでね。分からない」

  姉、とぼとぼと帰っていく。

  ゆう子、飛行機に乗り込み、

ゆう子「世界で一番さいしょに空を飛んだのは、ライト兄弟なんだよ。新聞屋
 さんをやったり、自転車のレーサーをやったりして、お金を一生けんめいか
 せいで、ひこうきを作った。初めはなかなか飛ばなかった。飛ばないから、
 うそつきとか言われた。でもくじけなかった。すっごい安い材料で、小さな
 小さなエンジンで、それでも世界で初めて空を飛んだのは、ライト兄弟です」
ヤクルトおばさん「ゆう子さん」
ゆう子「どうして、私の名前知ってるの?」
ヤクルトおばさん「飛行機の具合はいかがですか?」
ゆう子「うん。飛ぶと思うよ」
ヤクルトおばさん「金曜日。あさってですね」
ゆう子「晴れるかな」
ヤクルトおばさん「晴れるでしょう。ただ、いい風っていうのは、なかなか吹
 かないんです」
ゆう子「風の吹くおまじないなんて知らないもん」
ヤクルトおばさん「知ってますよ。いい風かどうかは分からないけど、台風が
 来るおまじないなら知ってますよ」

  ゆう子、疑惑の眼差し。

ゆう子「子供だと思ってバカにしてるでしょ」
ヤクルトおばさん「してませんよ。ゆう子さんこそ、おまじないの存在を信じ
 てないんでしょう」
ゆう子「だって、話がうますぎるよ」
ヤクルトおばさん「疑い深いんですね」
ゆう子「証拠見せてよ」
ヤクルトおばさん「ダメです。信じる気のない人が唱えても、効き目はありま
 せんからね」
ゆう子「行かないで。信じるよ。信じるから、お願い。教えて下さい」
ヤクルトおばさん「耳を貸して」

  ……ぼそぼそ。……

ゆう子「それだけ?」
ヤクルトおばさん「めったに使ってはいけませんよ。どうしても、の時だけで
 す」
ゆう子「どうしても、の時ね。分かった。ありがとう」
ヤクルトおばさん「さようなら」
ゆう子「さようなら!」

  ヤクルトおばさん、行ってしまう。

ゆう子「うーん。うーん。いいよね、ちょっと試してみるだけだし。せーの」
吉井「はるちゃん。おやつですよ」

  吉井が出てきた。

吉井「あら、おばあちゃん帰っちゃったの。もう、誘ってあげてねって言った
 のに。──はるちゃん? 何ふくれてるの?」
ゆう子「バカたれ」
吉井「え? 何?」
ゆう子「もう、はるちゃんなんて呼ばないでって言ったでしょ!」
吉井「ごめんなさい。つい、癖で。そうね、もう春巻食べれるもんね。昨日だ
 って、二つも食べたけど、何ともなかったもんね」
ゆう子「やめてってば」
吉井「お友だちにも言ってやんなさい。もう春巻なんてへっちゃらよ、給食に
 春巻が出たって吐いたりしないもんね。だからはるまきのはるちゃんなんて
 呼ばないでよって。はるちゃんが強い子に育ってくれて、お母さん嬉しいわ」
ゆう子「黙れ、クソババア」
吉井「何ですって。はるちゃん、そこに座りなさい」

  姉が走ってくる。

姉「はるちゃん。チエコ見なかったかい」
ゆう子「チーちゃん? 来てないよ」
姉「ここでもない。どこ行ったんだろ」

  姉、走り去る。

吉井「どうしたのかしら」
ゆう子「さあ」
吉井「大人しい方のおばあちゃん、どっか行っちゃったのかな」
ゆう子「かな」
吉井「あら、またおやつに誘うの忘れちゃった。はるちゃん、呼んで来てちょ
 うだい」

  吉井、引っ込む。

ゆう子「うー」

  ゆう子、怪しげな踊りを踊る。
  雨乞いならぬ風乞い。
  と、一天にわかにかき曇り、嵐がやって来た。
  雷鳴と稲妻。
  吹き飛ばされそうになりながら、

ゆう子「(何か叫ぶが、すでに聞こえない)」


八、フェアグラウンド・アトラクション

妹「また道に迷ったみたいね。知らない所だもの。頭が悪いのって、つらいわ。
 世界中のものに、意地悪されてるみたい。街角のショーウインドウは、見る
 たびに変わってる。通りすぎて、振り向いたらもう、さっきとはちがってる
 のよ。この道だって、行っても行っても、曲がれやしない。いつになったら、
 行きたい所に行かせてもらえるのかしら」

  突然、周囲が明るくなる。
  メリーウィドーワルツが流れる。

妹「遊園地」

  喧騒。

妹「おいしそうね」
ゼンマイ仕掛けの菓子売り「いかがですか?」
妹「おいくら?」
ゼンマイ仕掛けの菓子売り「いかがですか?」
妹「……」
ゼンマイ仕掛けの菓子売り「いかがですか?」
妹「じゃあ、タダね」

  妹、菓子を受け取る。
  そこへ、ヤクルトおばさんがやって来た。

ヤクルトおばさん「チエコさん。こんな所で何してるんですか」
妹「あら、奇遇ね」
ヤクルトおばさん「奇遇ですね」
妹「道に迷ったのよ」
ヤクルトおばさん「この遊園地は初めてですか」
妹「ええ、初めて」
ヤクルトおばさん「ご案内しましょう」
妹「これは何? 怖い顔ね」
ヤクルトおばさん「強そうでしょう」
妹「おさむらいね」
ヤクルトおばさん「いいえ、西洋の騎士です」

  ヤクルトおばさんがコインを入れると、
  騎士は剣を振り回し、型を披露する。

妹「面白い」
ヤクルトおばさん「でしょ?」

  派手なおじさんが二人を呼び止める。
  コインを渡すと、踊るマネキンを見せてくれる。
  
妹「不思議な所ね。ここにいるのは人形ばかり、まるで生きた人間はいないみ
 たい」

  みな、ストップモーション。
  音楽だけが流れている。

妹「あら。ヤクルトさん?」

  ヤクルトおばさんも固まっている。
  妹、あちこちの人形にさわりまくったあと、手を叩く。
  音楽、止む。
  みな、再び動き出し、去って行く。

妹「誰かさんと誰かさんが麦畑〜
    チュッチュチュッチュしている
    いいじゃないか〜
    私は恋人いっないっけど〜
    いつっかは誰っかとぉ麦畑〜」
 (歌:「麦畑の中で」)

妹「うーん。ムード満点ね」

  妹、去る。
  入れ違いにやって来たのは、姉、ゆう子、上田。

姉「チーちゃん。チーちゃん」
上田「いましたか」
姉「いない。どこ行っちゃったんだろ」
上田「心当たりはありませんか」
姉「全部回ってみたわ。こんな風の中を、どこほっつき歩いてんだろう」
上田「台風ですからね」
ゆう子「私のせいだ」
姉「え?」
ゆう子「私が、呪文を言ったから」
姉「何のこと?」
上田「あっちの方、捜してみます」
姉「頼んだよ。やっぱり、私も行くよ」

  姉、上田の後を追って、走り去る。

ゆう子「台風を呼んだら、今度は追い返す呪文が必要なのね。あのおばさんに
 習っときゃよかった」
ヤクルトおばさん「だから言ったでしょ」
ゆう子「びっくりした! この風、何とかならないの」
ヤクルトおばさん「何ともなりません」
ゆう子「ケチ」
ヤクルトおばさん「ゆう子さんがまいた種です」
ゆう子「分かってるわよ。どうすればいいの」
ヤクルトおばさん「さあ」
ゆう子「困るよ。チーちゃん、この風の中を迷子になって、さまよってるんだ
 よ」
ヤクルトおばさん「困りましたね。でも、あの人は大丈夫ですよ。すぐに戻っ
 て来ます」

  ヤクルトおばさん、去る。

ゆう子「居場所を知ってるみたいな言い方。ん? 何だこれ」

  鼓笛隊がやって来る。
  コンバットマーチ。
  妹がまじって、楽しそうに演奏している。

ゆう子「チーちゃん。何してんのよ、こんな所で。チーちゃんてば。帰ろうよ」

  鼓笛隊、行ってしまう。

妹「どうして邪魔するの」
ゆう子「バカ。みんなが、どんなに心配したか、分かんないの」
妹「あなたは、だあれ」
ゆう子「ぼけてんじゃないよ。私は、あんたの友だちの吉井ゆう子通称はるち
 ゃんよ。さあ、帰ろう」
妹「はるちゃんか。遊園地は、消えちゃったのね」
ゆう子「遊園地に、行きたかったの?」
妹「さっき行ったのよ。生まれて初めてで、楽しかった」
ゆう子「また行けばいいじゃない。連れてってあげるよ」
妹「連れてってくれるの」
ゆう子「保護者がいないと、あぶないからね。しょうがないよ」

  姉がやって来る。

姉「ああ、チーちゃん。ここにいたの」
妹「心配した?」
姉「当たり前でしょ。黙って、いなくなったりしないで。あんたは、私の妹な
 のよ──」
ゆう子「私は? 私は?」
妹「通称私たちの友だちのはるちゃんでしょ」
ゆう子「何それ」

  三人、笑う。
  上田がやって来る。

上田「ああ、ここにいましたか。無事でよかった」
姉「ごめんよ、変なことに巻き込んじゃって」
妹「ありがとう」
上田「いいんですよ。ああ、空が晴れてきましたね。台風は行ってしまったの
 かな」
ゆう子「あの人がやったんだ」
上田「ところで、飛行機の試運転はいつですか」
姉「あさってよ」
上田「えっ」
姉「もう、完成したよ」
上田「何で教えてくれなかったんですか」

  姉妹、笑う。

上田「いいですよ、もう。早く帰って寝て下さい。あさっては本番ですからね」
姉妹・ゆう子「はーい」


九、テイクオフ

  完成した飛行機の前に、緊張した面持で立っている姉妹。
  飛行服姿もりりしい。

上田「まことに喜ばしい日です。今日ここに集うみなさんに、ご紹介しましょ
 う。さまざまな困難を乗り越えて、飛行機を作るという偉業を成し遂げたの
 は、このお二人です!」

  拍手。

上田「ほら、挨拶を」
ゆう子「がんばれ」

  姉妹、進み出る。

姉「あんた、言いなよ」
妹「私、何にもしてないもの。姉さんが言って」
姉「いやよ」
上田「お二人とも、どうぞ」

  拍手。

妹「私。飛行機に乗って、飛びたかったんです。つまらない日常から抜け出し
 て、どっかに行ってしまいたかった。だから、なっちゃんに、飛行機を作っ
 てほしいって言いました。……」

  間。

姉「チーちゃん」

  みな、はらはらして見つめている。

妹「でも、この飛行機はちがうのよ」
一同「──?」
妹「私も、なっちゃんも、ずうっと独り身で、子供も孫もいません。庭の草が
 伸びていくのを眺めたり、通りすがりの猫に話しかけたりする毎日です。た
 いくつよ。でも、私は、そんな毎日が大好きです。みんなが、飛行機を作っ
 てくれたから──、好きになりました。空を飛んだら、私は、私の愛するこ
 の町を、上からじっくりと眺めてみたいと思います」
姉「ありがとうございました」
上田「いよいよ、テイクオフだ」
吉井「テイクオフって」
ゆう子「りりくする」
吉井「ああ」
ゆう子「チーちゃん、これ」
妹「何?」
ゆう子「成田山のお守り」
姉「行って来るよ」
一同「行ってらっしゃい」

  二人、一同に敬礼する。
  さっそうと飛行機に乗り込む。
  プロペラが動き、機体が動き出して、

ゆう子「動いた! 動いた!」

  ──テイクオフ!

  悠然と滑空するおばあちゃんの飛行機。
  見送る人々の歓呼の声。


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(以降の文章は著作権表示なので、印刷する場合もコピーする場合も、その
他いかなる形式における複製においても、削除は禁止します)

この脚本は、日本の著作権法および国際著作権条約によって保護されていま
す。「人生はバラ色だ」は山本真紀の著作物であり、その著作権は作者であ
る山本真紀に帰属するものです。

この脚本を全部あるいは一部を無断で複製したり、無断で複製物を配布する
ことは、固く禁じます。例外として、ダウンロードした本人が所属するサー
クルあるいは劇団内で閲覧するための複製のみ、次の二点が満たされている
ことを条件に、認めます。

 一、タイトル(『人生はバラ色だ』 作・山本真紀)から最終行の英文コ
   ピーライト表示までが全て含まれていること。
 二、テキストを一切改変しないこと。

上演を行う際には、事前に必ず作者の許可を得る事が必要です。問い合わせ
は、作者の主宰する「劇団空中サーカス」へどうぞ。

 「劇団空中サーカス」公式サイト http://www.k-circus.com/

上演許可の申請は、出来るだけ早めに行って下さい。この脚本の使用料は、
無料公演・有料公演といった公演形態に関係なく、申請時期によって変わり
ます。予算の関係で減額してほしい場合は、ご相談下さい。

 一、公演初日より三週間以上前に、許可申請がされた場合。
   ・・・五千円。

 二、それ以降(事後承諾含む)の場合。
   ・・・一万円。

上演のための改変は、作者が上演許可を出した公演においてのみ、認めます。
ただし、原型をとどめないほどの改変はご遠慮下さい。どこまで手を加えた
ら良いのか分からない場合は、作者あるいは劇団までお問い合わせ下さい。
なお、改変された脚本の著作権も作者のものとし、改変者には何ら権利が与
えられないものとします。


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