◆ オリジナル台本 『蛇名人を待ちながら』 ◆

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題名 蛇名人を待ちながら
作者 山本真紀
キャスト 2〜3人
上演時間 20分
あらすじ 連作短編集『キャラバン』より。1999年版では第三話、2004年版では第二話にあたります。単独でも(多分)上演可能。
不思議な老女たちの現在と過去の物語。まったりとした会話劇です。

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注意事項



蛇名人を待ちながら



○登場人物

    姉
    妹
    商人(妹役が兼ねても良い)


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   『蛇名人を待ちながら』 作・山本真紀

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     遠い砂漠の南の外れにある大きな街。
     その賑やかな町並に、ぽつんと一軒、荒れ果てて訪れる
     人もいない屋敷がありました。


姉 「今年はまだ、蛇名人が来ないねえ」

妹 「ほんと、来ないねえ」

姉 「もうずいぶん年だから、旅はきついのかしら」

妹 「旅がきついんだと思うよ」

姉 「あのじいさん、いつも今時来たじゃないか」

妹 「今時来たって言っても、もう遅いよ。うちの蛇は熟れ頃をと
   うに過ぎて、使い物にならなくなってきてるじゃないか」

姉 「まだまだいけるよ」

妹 「いいや、いけない。蛇は頃合いが大事なんだ。そのいい頃合
   いを逃すと、ガタッと値が下がるの、姉さんも知ってるじゃ
   ないか」

姉 「いやだねえ。もう世の中に出て働ける年じゃなくなってるの
   に、またほかに身過ぎ世過ぎのすべを考えなきゃいけない」

妹 「どうなるんだろうねえ。蛇名人があてにならないとしたら、
   うちの蛇はどうなるんだろう」

姉 「ほかの人に、売るの?」

妹 「売ったって、安いもんだろう」

姉 「元手にもならないだろう」

妹 「いやだよ。今まで一生懸命世話してきたものを、ほかの人の
   手に渡すのは」

姉 「そんなこと言うけど、あんた。熟れ頃を過ぎた蛇を、扱える
   のかい?」

妹 「姉さんだって」

姉 「もちろんできないよ。あら、ばらいろのほおの子が来たよ」

妹 「来たんじゃなくて、通っていったんでしょうが」

姉 「最近かわいらくなったねえ」

妹 「年頃だもの」

姉 「昔は良かったねえ」

妹 「良かったかねえ」

姉 「ほら、町一番の美人姉妹とか呼ばれちゃってさ」

妹 「呼ばれてたのは私だけだよ」

姉 「実際、でも、私らの顔を拝んだことのある人は、もう生きて
   いないんだね」

妹 「姉さんなんか、三人も顔を見せてるじゃないか」

姉 「あんただって、二人」

妹 「でも、みんな、先に逝ってしまったね」

姉 「せっかちなんだね」

妹 「そうそう。何にも考えずに世の中を眺めていたら、いっぱい
   面白いことがあって、楽しいことがあって、それで笑えるん
   だから、幸せな人生じゃないか。なのに、みんなせっかちで、
   窓際に座って外を眺めたりしないもんなんだ」

姉 「そんな面白いことあったかねえ」

妹 「大したことはないけど」

姉 「ゴシップというやつは、あんまり好きじゃない」

妹 「ゴシップじゃないよ。私はよその台所事情に首を突っ込んだ
   りしないんだ」

姉 「どう違うんだい」

妹 「この家の前を通っていく人たちは、見られてるとも知らずに、
   いろんな顔をするんだよ。見たくないような顔もあるけど、
   なかには、自分でも知らないほほえましい部分を、うっかり
   見せている人もある」

姉 「向こうの通りで散髪屋をやってるおやじを知ってるかい? 
   おこりんぼで有名だね」

妹 「知ってるよ。あの人、この家の前のシュロの木にぶつかった
   んだ。何か考え事でもしてたのかね。シュロの木に謝ってた
   よ」

姉 「へえ」

妹 「ほらね」

姉 「ちょっとあのおやじが好きになったよ」

妹 「姉さんには若すぎるんじゃないかねえ」

姉 「寝坊していつも水汲みに行くのが昼前になってるあの嫁さん
   は、知ってるかい? 私はあの人は嫌いじゃないんだけど」

妹 「どうして寝坊してるかと言うとね、だんなが寝言を言うから
   さ。あんまり大きな声で言うもんだから、嫁さんは寝られな
   いんだよ」

姉 「どうしてそんなこと、知ってるのさ」

妹 「だんなが商売相手にそう言ってるのを聞いたんだ。『寝言を
   治すいい薬はありませんか。これじゃあ、うちのやつが病気
   になっちまう。せっかくほれ込んでもらった妻なんだ』とか
   言ってたよ」

姉 「その調子じゃあ、あんた町内で嫌いな人間はいないんだねえ」

妹 「あらいますよ。姉さんもいるだろう」

姉 「そりゃあいるけどもさ。でもみんな、知り合えば良さそうな
   人ばかりだよ」

妹 「結局、姉さんと私は二人きり、ここにずうっと住んでるけど、
   今じゃだれも、ここに私らみたいなきょうだいが住んでるこ
   と、知らないんじゃないか」

姉 「ほんとにね。人と付き合うのはわずらわしいことが多いもん
   だ」

妹 「見てる分にはいいんだけどねえ」

姉 「昔話にあったよ。人の顔ばかり見てるから目がお皿のように
   大きくなってしまった賢者の話」

妹 「おぼえがない。どんな話?

姉 「ある若夫婦に女の子が生まれて、そしたら、目がお皿のよう
   に大きな賢者のばあさんが、三人連れだって顔を見に来たそ
   うだ」

妹 「賢者は何と言ったんだろう?」

姉 「そこから先はおぼえていない」

妹 「『この娘は幸運を授かっています。それと共に、大きな災難
   も背負っています』だろう?」

姉 「そうだったかねえ」

妹 「セオリーだよ。ついでに、魔よけの道具か何かをくれるんだ
   よ」

姉 「あんたが若い時、同じようなことがあったねえ」

妹 「そんな大したことじゃないよ。それで魔よけになったわけじゃ
   なし、商売のたねになったわけでもなし」

姉 「私も、そういう不思議な経験をしてみたいもんだ」

妹 「もうずいぶん昔の話で、何十年も前のことだけど、なぜだか
   あのことははっきりおぼえているんだよ。あの日は、砂漠の
   南の外れのこの町には珍しく、雨が降った。もう何年このか
   たないことで、私は浮かれて、戸口に立って外を眺めていた。
   ……」


〜妹の話〜

妹 「今頃砂漠では、植物たちがいっせいに目を覚まして、育ち始
   めているだろう。一日で砂漠が森に変わる。砂漠の外では、
   年中緑の森があるというけれど、そんな風景、気味が悪くな
   いだろうか。私は砂漠の景色の方が好き。でも、雨が降ると、
   砂漠に大きな水たまりができて、一日で魚が育って大きくなっ
   て卵を生んで死んでいくという話。魚の卵は乾いたまま、次
   の雨を待つそうだ。待っている時間の方が長くて、生きてい
   る間は大急ぎなんて、不思議な話だ。そんなことを考えなが
   ら、外を眺めていた」

     誰かが表に立って、家の中をのぞき込んでいる。

妹 「どなた? 何かご用ですか?〈客のことば〉この家に、何か
   ご用ですか?〈客のことば〉何て言ってるのか、聞き取れな
   いわ」

     客はかばんをあけて、中に入っている品物を示した。

妹 「旅の商人の方でしたら、表に回って下さい。私、ほんとはこ
   んなふうに外に出たり、知らない方とおしゃべりしちゃダメ
   なんです。あら、なあに、これ。きれいな帽子ね。ちょっと
   かぶってみていいですか?」

商人「いかがですか?」

妹 「とっても素敵。帽子を売っているの?(かぶったままで)」

商人「私が売るのは帽子だけではありません」

妹 「ほかには何を?」

商人「ごらんになりますか?」

妹 「この腕輪、私が持っているのとそっくり。去年お母様が、旅
   の商人から買ったって。あなただったの?」

商人「そうです。今はつけていらっしゃらないんですね」

妹 「ええ。時々、お洒落したいときにつけるの」

商人「あの腕輪はお守りなんです。あなたの身を危険から守り、そ
   れから−−」

妹 「幸運を呼び込むとか?」

商人「そう願います。外さないで、いつも身につけておいて下さい」

妹 「そうするわ。(帽子を脱ぎながら)ありがとう、楽しかった。
   これ、お返しします。〈商人のことば〉え、なあに。〈商人の
   ことば〉よく聞こえない。……え? 頂けるの? 頂いていい
   の? ありがとう。すごく気に入ったの。(かぶって)似合い
   ますか?」

商人「とてもお似合いです」

妹 「そう」

商人「いつも身につけておいて下さい」

妹 「洗濯しちゃダメなのね」

商人「ダメです」

妹 「そう。腕輪と、帽子と、あなたから頂いたのね」

商人「腕輪は、あなたのお母様がお買い上げになったものです」

妹 「そうね。ほかには?」

商人「え?」

妹 「まだほかに、あるでしょう?」

商人「首飾り。耳につける宝石。指輪に、光る石を縫いつけた衣装。
   全部、あなたにさしあげるために持って来ました」

妹 「旅の商人の方は皆そうおっしゃるんでしょう?」

商人「そうです」

妹 「嘘よ。(帽子を脱いで)どうしてこんなもの下さるの?〈商
   人のことば〉分からないわ。何て言ってるのか。〈商人のこ
   とば〉(帽子を差し出す)腕輪もお返しします。去年だけじゃ
   なくて、その前も、その又前も、ここに来たんでしょう? 
   そのたびに何を下さったの? 私が知らずに身につけている
   ものが、いっぱいあるんでしょう?〈商人のことば〉何とか
   言ってよ、ねえ。どうして答えてくれないの?」

     間。

妹 「どうして下さったのか分からないけど、ありがとう」

     商人、帽子を取り、去ろうとする。

妹 「待って。来年も、来るの?	来るんでしょう(商人の手から
   帽子を取って)来年のいつ、来てくださるの?」

     妹、帽子をかぶる。

商人「分かりません。雨が降ったので、予定が狂いました」

妹 「来年も、会えるでしょう?」

商人「来てほしいですか?」

妹 「はい」

商人「(妹の帽子を手でおさえて)
   日や月や、ようやく孩より免れん。
   福はむなしくは至らず、禍もまた来たりやすし。
   つとに起き、夜に寝ね、
   なんじがここに幸いあらんことを願う。
   −−来年はお迎えにあがります」

妹 「おまじない?」

商人「そんなものです」

妹 「どういう意味?」

商人「来年までの宿題」

妹 「じゃあ、また来るのね」

商人「雨が降らないように、祈っていて下さい」

妹 「待っています」

     商人、去る。

妹 「次の年、約束どおり商人はやって来た。商人は私をラクダに
   乗せ、いくつもの砂漠の夜を越えて行った。
   私たちは町から町へと旅した。長い年月が過ぎて、ふと気が
   付くと夫の髪は真っ白になっていた。なのに、私の髪は相変
   わらず若い時のまま、黒檀のように黒かった」

妹 「キャラバンが出ていくわ。砂嵐がおさまったから、今のうち
   にって。−−ゆっくりしましょう。旅から旅へ、落ち着く暇
   なんてずっとなかったんだから。−−もう、旅に出ることは
   ないわ。ううん、どこへも行かない。ずっといるから」

     妹、帽子をゆっくりと外す。

姉 「どうして戻って来たんだい。その帽子さえあれば、どこでだっ
   て暮らしていけるじゃないか」

妹 「夫が死んだからだよ。あの人の一生に添い遂げられたんだか
   ら、よしとしなきゃあね。一人目の夫の話だよ」

姉 「私の三人目もドラマチックだったねえ」

妹 「若い時は良かったよ」

姉 「あのばらいろのほおの子の相手を知ってるかい」

妹 「いいや」

姉 「油売りの息子だよ。このうちが空き家だと思って、逢い引き
   に使うつもりだったんだよ。声はかけられないし、顔を見せ
   るわけにもいかないから、物陰から見てたんだよ。そしたら、
   逃げ出した蛇が一匹ニュウッっと出て行ってあの子の足に巻
   き付いたじゃないか。かわいそうにすっかりおびえてしまっ
   て、かけて行ったきり、もう来ないよ。まあ、うちも空き家
   じゃないから、助かったけどね」

妹 「ほら、蛇名人が来ないからそんなことになるんだよ。でも助
   かったね」

姉 「ほんとにね」

妹 「いつまでここに住むつもり?」

姉 「住めるだけさ」

妹 「長いね」

姉 「そうだね」

妹 「蛇はどうしようか」

姉 「逃がしたら、町の人が困るだろう」

妹 「私らがいなくなったら、蛇は死んでしまうよ」

姉 「蛇がいるから、生きているんじゃないか」

妹 「誰も知らないからね。私らのことは」

姉 「さみしいねえ」

妹 「そうやって生きてきたんだもの、しょうがない」

姉 「まあ、他人に知られなくとも、私らは世の中の人たちをここ
   から眺めて暮らそうじゃないか。面白い事もあるだろう」

妹 「それにしても、蛇名人が来てくれたらねえ」


                         (おわり)


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も、その他いかなる形式における複製においても、削除は禁止しま
す)

この脚本は、日本の著作権法および国際著作権条約によって保護さ
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 「劇団空中サーカス」公式サイト http://www.k-circus.com/

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