◆ オリジナル台本 『ジ☆ブラスバンド』 ◆

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題名 ジ☆ブラスバンド
作者 山本真紀
キャスト 13人
上演時間 120分
あらすじ 荒れた学校に赴任してきた熱血新任教師・ガロ。いきなりクラス担任を任され、まとまりのない教師たちやなめてかかる生徒たちに翻弄される。
学校活性化のために結成した教員によるジ☆ブラスバンドの前途も危うし……。
果たして学校は無事再生するのか!? へたれブラバン青春(?)ストーリー。
(注:登場人物13人中8人が、実際に楽器を演奏する必要があります)

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注意事項



ジ☆ブラスバンド


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   『ジ☆ブラスバンド』 作・山本真紀

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《CAST》
   ガロ(♂)新任の国語教師。一応、主役。
   くらら(♀)数学教師。マドンナ的存在。
   すだっち(♂)数学教師。ガロのよき先輩。
   ミカリン(♀)図書室の先生。いつも白衣を着て、お菓子を
   持ち歩く。
   えま(♀)音楽教師。家庭と仕事の両立に疲れている。
   サム(♂)英語教師。日本語が弱い。が、英語が上手い訳で
   もない。
   校長(♀)理想が高く、学校改革を目指す。
   教頭(♂)気が弱い。
   アキ(♀)2Aの生徒。ガロをいじめるのは愛の裏返し?
   ブラスバンド部員。
   ケイタ(♂)2Aの生徒。委員長。アキが好き。
   ツバサ(♂)2Aの生徒。あまったれ。ブラスバンド部員。
   トモ(♀)2Aの生徒。落ち着きがない。
   キリコ(♀)2Aの生徒。ガロをストーキング。


   注1:この作品はフィクションです。 実在の人物・団体・
   事件などには、いっさい関係ありません(笑)

   注2:実際に劇中で手にする楽器は、個人の好みに合わせて
   いただいて結構です。そのために必要な台詞の変更などは、
   自由になさっていただいて構いません。


《一》校長室

   背面の壁一面を埋め尽くして、額がかけられている。
   表彰状、歴代校長らしいジジイ写真、部活動の集合写真など。
   中央に、大きく、「校訓 輝け青春」と黒々と書かれた額。
   その前に、大きな机。

   校長と教頭が足早に登場。

教頭「出張お疲れ様でございました」
校長「つまらない出張だったわ。ま、顔つなぎだからしょうがない
 けど」
教頭「お疲れのところ、早速で申し訳ございませんが、新任教諭を
 ご挨拶させようと思いまして、呼んであります」
校長「ああ、倒れた人の後任ね。どう、持ちそう?」
教頭「さあ……、実際にやらせてみませんと。しかし、やる気は十
 分あると見ました」
校長「本当に? まあいいわ。呼んでちょうだい」

   教頭、去る。
   校長、机に向かい、座る。

   教頭、一人の教師を連れてくる。

教頭「校長先生。今井先生をお連れしました」
教師「失礼します」

   校長、座ったまま、教師を見る。

校長「名前は」
教師「今井ガロ、我が路と書きます。教科は国語です。御校に採用
 して頂いて、大変嬉しく思っております。誠心誠意、頑張ります
 のでよろしくご指導の程、お願い致します」
校長「もう聞いていると思うけど、この学校は今、危機的状況にあ
 ります。年々、入学してくる生徒の質が落ちてくるのを何とかし
 て食い止め、今いる生徒たちのやる気を引き出していきたい。そ
 のためには、どんな手段でも構わない、思い切った学校改革をや
 ろうと思ってるの。新任だからって遠慮しないで、積極的にどん
 どん意見を述べてちょうだい。生徒に対しては、愛情と熱意を持
 って、接してやってね。言っておくけど、手ごわいわよ」
ガロ「はい。頑張ります」
校長「分からないことがあったら教頭先生に聞いて下さい。あなた
 は、今日から2年A組の担任です。生徒の方が前からこの学校に
 いることになるから、なめられないようにね。期待しています」
ガロ「はい。ありがとうございます」
校長「ところで、今井先生……あなた、フリー?」
ガロ「はあ? し、失礼いたしました。あの、どういう」
校長「そういう意味よ。彼女いる?」
ガロ「いません! でも、決して、生徒に手を出したりはしません
 ! 誓って言えます」
校長「そお」
ガロ「はい」
校長「何歳でしたっけ」
ガロ「二十四歳です」
校長「若いわね」
ガロ「経験不足は、熱意と愛情でカバーするつもりです」
校長「熱意。愛情。いいわね。ね、今井先生。ガロ先生とお呼びし
 ていいかしら」
ガロ「はい、どうぞ」
校長「ガロ先生には、この学校で頑張ってもらいたいと思ってるの。
 勿論、私生活も充実させて欲しいわね。そのためにも、どう。ず
 ばり訊くわ。彼女欲しくない?」
ガロ「はあ?」
校長「あら、いやね。私のことじゃないの。年上が好きなの?」
ガロ「えーと、ストライクゾーンは広い方かと思います」
校長「安心したわ。そのうち、じっくりお話ししましょうね」
ガロ「はい」
校長「それじゃあ」
ガロ「失礼いたします」

   ガロ、去る。

教頭「いかがでしょう」
校長「前任者よりは持ってもらわないと困るわ。それにしても、い
 い男じゃない」
教頭「お眼鏡にかないましたか」
校長「私はいいのだけど、あの子の好みが難しくってね」
教頭「娘さんのことは、ご自身にお任せしてもよいのでは」
校長「そうね。いつしか、恋の花咲くこともある。なかなか咲かな
 いから、母親としては気がもめるのよ。にしてもねえ。担任不在
 のこの一週間は、気が気じゃなかったわ」
教頭「さようで。なかなか、この学校に赴任を希望する教師は少な
 いのです」
校長「手詰まりになってることは認めるわ。でも、コマが悪すぎる
 のよ」
教頭「校長先生」
校長「だって、そうでしょ? タバコ、万引き、暴力、不純異性交
 遊、地域の苦情電話に応対するのはもうたくさん」
教頭「我々職員一同、精一杯やっておるところです」
校長「努力は認めるわ。でも、まずは実績を上げてもらわないと」
教頭「確かに」
校長「まあ、やれるだけやってみましょう。教育なんて、割に合わ
 ないサービス業ね」

   校長、立ち上がり、去る。
   教頭、深々と礼をして見送る。
   そして、歴代校長の額を見やり、

教頭「いつまで持つのかね、この学校。この年で再就職なんて、や
 だなあ」

   教頭、去る。


《二》初めての授業

   入れ替わりに、生徒たち(アキ、ケイタ、ツバサ、トモ、キ
   リコ)がキャスターつきの椅子に乗って勢いよく登場。
   『学園天国』に合わせて、歌い踊る生徒たち。

   途中から、ガロが加わる。
   が、加わった瞬間、生徒たちは踊りをやめてさーっと散って
   しまう。

   国語の教科書と出席簿、チョークを持って、一人、熱唱する
   ガロ。

ガロ「あ・あ〜みんなライバルさ〜あ・あ〜命がけだよ、オウ・イ
 ェイイェイイェイ!」

   生徒たちの冷めた視線に気づく。

ガロ「あ〜初めまして。今日から、この2Aの担任をすることにな
 った、今井ガロです。我が路と書いてガロと読みます。どうぞ、
 よろしく」

   沈黙。

ガロ「委員長は誰かな?」

   ケイタ、黙って手を挙げる。

ガロ「じゃ、委員長。号令を」
ケイタ「は?」
ガロ「は、じゃないよ。授業を始めるんだ。号令をかけてくれ」
アキ「あんた、何様?」
ガロ「は?」
アキ「は、じゃないよ。何でいきなり初対面のあんたに頭下げなき
 ゃいけないわけ」
ガロ「それが、授業を始める時の決まりだろう。こう見えても僕は、
 君たちより年長者で、君たちが知らないことを教えてあげられる。
 だから、頭を下げるのは当然だ」
アキ「知らないよ。勝手に決められた担任なんだから、頭下げる義
 理なんかないよ」
ツバサ「アキちゃんに賛成しまーす」

   生徒たち、笑う。

トモ「どうせ、すぐどっか行っちゃうんでしょ。ノイローゼとかな
 ってさあ」
ツバサ「知ってる? 前の担任、授業中に血を吐いて、救急車来た
 んだよぉ」
ガロ「君たちがいじめたんじゃないのか」
ツバサ「かもね〜」

   生徒たち、笑う。

ガロ「いいだろう。じゃ、君たちが僕を認めてくれてからでいい、
 号令は。授業を始める。教科書の五十六ページを開いて」

   生徒たち、がさがさする。

ツバサ「ケイタ、教科書持ってきた?」
ケイタ「持ってきた」
ツバサ「俺忘れた、寝るべ」

   トモ、ペンケースを落とす。
   生徒たち、笑う。

トモ「うわー、やっちゃった」

   トモ、床に座り込んでペンを拾い、ついでにメイクボックス
   を開けて化粧を始める。

ガロ「何やってるんだ」
トモ「ちょっと待って先生、眉毛ないから今、いやーん見ないでっ
 てぇ」
ガロ「眉毛なんかどうでもいいだろう、早く席に着きなさい」
トモ「どうでも良くないよ。だから待ってってば。しつこいなあ、
 あっち行ってよ」
ガロ「今は授業時間中だぞ。化粧する時間じゃない。それに、化粧
 は校則で禁止されている筈だ」
トモ「はあ? 初めて聞いた、そんなの。化粧禁止なんて、人権侵
 害もいいとこじゃん。ほうっといてよ、先生。あたしはいいから、
 授業してよ」
ガロ「とにかく、床から立ちなさい。椅子に座って」

   トモ、席に着くが、メイクを続ける。
   そのうち、雑誌をとりだし眺める。

ガロ「タイトルを見て。『ぼろぼろな駝鳥』、高村光太郎という人
 の詩だ。『智恵子抄』って詩集の名前を聞いたことあるだろう?
  その詩集を書いた人です。今日は、この詩を読んでみよう」

   ガロ、詩を朗読する。

ガロ
「何が面白くて駝鳥を飼ふのだ。
 動物園の四坪半のぬかるみの中では、
 脚が大股過ぎるぢやないか。
 頚があんまり長過ぎるぢやないか。
 雪の降る国にこれでは羽がぼろぼろ過ぎるぢやないか。
 腹がへるから堅パンも食ふだらうが、
 駝鳥の眼は遠くばかり見てゐるぢやないか。
 身も世もない様に燃えてゐるぢやないか。
 瑠璃色の風が今にも吹いて来るのを待ちかまへてゐるぢやないか。
 あの小さな素朴な頭が無辺大の夢で逆まいてゐるぢやないか。
 これはもう駝鳥ぢやないぢやないか。
 人間よ、
 もう止せ、こんな事は。」

   生徒たち、相変わらずがさがさしている。

ガロ「おい! 集中して読めないよ、これじゃ。お前たちこそ、動
 物園の駝鳥だよ。授業を受ける気持ちが出来てないんじゃ、何や
 っても同じだ。まず、教科書を開けろ。五十六ページだ」
アキ「何で命令するわけ」
ガロ「気に入らないのか? 僕は、教科書を開けて下さいと、頼ま
 なきゃいけないのか? そんなのおかしいだろ」
トモ「別におかしくないよ。サムとかいっつも頼んでるもんね」

   生徒たち、笑う。

ツバサ「そうそう! プリーズ、プリーズ、オープンユアテキスト
 ブック! 俺この英語だきゃあ覚えたよ」
ケイタ「ツバサ、お前、ほんと芸人」
ツバサ「上手い? 俺の物真似、上手い? 吉本に入ろうかなあ」
アキ「ばーか。吉本は高学歴じゃないと、入れないんだよ」
ツバサ「うっそ、ショック、死にそう」
アキ「中退でも、頭良くないとね」
ツバサ「あいたあ。とりあえず、物真似続けます。シャラップ、プ
 リーズ、アイムアティーチャー、ユーアースチューデンツ! あ
 いつぜってーヅラだよな」
ガロ「ヅラ?」
アキ「だって、生え際見えないし、髪形変わんないって、おかしく
 ね?」
ガロ「そんなの、どうでもいいだろ」
アキ「気になるんだもん。ねえ、先生、幾つ?」
ガロ「僕は、二十四だ」
アキ「七つ違いかぁ」
ケイタ「おいおい、オヤジだぜ」
アキ「年聞いただけじゃん」
ケイタ「アキ、お前、やばいよ。目線違ってるよ」
アキ「そお? でもあたし、教師って嫌いなの、ごめんね先生」
ガロ「いいよ別に、好かれようと思ってないから」
ケイタ「何真面目に答えてんの? 女子高生に相手にしてもらえる
 とでも思ってんの?」
ガロ「会話してるだけだ。さあ、授業を続けよう」
トモ「て言うか授業になってないしぃ」

   生徒たち、笑う。

ガロ「おい! やる気あんのか!」
生徒たち「ないでーす」
ガロ「君たちは、僕にどうしろって言うんだ」
ツバサ「黙って寝かせてくれること」
トモ「黙って化粧させてくれること」
アキ「命令しないこと」
ケイタ「俺たちの自主性を尊重してくれること」
キリコ「私たちを好きになってくれること」

   急にしんとなる。
   みんな、キリコを見る。
   が、すぐに目をそらし、教科書をめくったりメイクをしたり、
   それぞれのことをし始める。

ガロ「君、名前は?」
キリコ「キリコ」

   チャイムの音。
   生徒たち、歓声を上げて椅子ごと飛び出していく。

   キリコとガロ、残る。

キリコ「先生、頑張って下さい。私、ちゃんと先生の授業聞きます。
 高村光太郎の詩、素敵でした」

   キリコ、走り去る。

   倒れこむガロ。


《三》職員室

   くらら、入ってくる。
   ガロ、思わず見とれる。

くらら「大丈夫ですか?」
ガロ「はい。あの、先生は?」
くらら「くららと呼んで下さい。2Aの数学の担当です、よろしく
 お願いしますね」

   ガロ、くららの手を握る。

ガロ「初めまして! 今井我路、我が路と書いてガロと読みます。
 何分、未熟者ですが、よろしくお願いします」
くらら「固くならないで下さいな。私、2Aの生徒たちが大好きな
 んです。天真爛漫で、優しくて、いい子たちばかり。ガロ先生、
 可愛がってあげて下さいね」
ガロ「はい! 頑張ります!」
くらら「あの」
ガロ「はい」
くらら「あの、手を」
ガロ「あっすみません、つい」
くらら「仲良くして下さいね」
ガロ「ええ、こちらこそ、よろしくお願いします」

   ほかの教師たち(すだっち、ミカリン、えま、サム)が入っ
   てくる。

すだっち「ガロ先生、どうだった? 最初から飛ばしすぎちゃ駄目
 だよ。いきなり受け入れてもらおうなんて思わず、ゆっくり、彼
 らの気持ちを解きほぐしてね」
くらら「そんなこと言ったって。最初の授業は、緊張しますものね」
ガロ「ええ、はい。疲れました」
くらら「どうでした、クラスの印象は」
ガロ「元気が有り余っていて、自己主張が強いって言うか(ため息
 )」
くらら「いい子たちなのよ」
えま「それは、相手がくららちゃんだからよ。ほんと、どうしよう
 もないのよ、あいつら」
ガロ「前任者が血を吐いたって、聞きました。本当ですか?」
えま「精神的に参っちゃって、胃潰瘍。で、今は休職中」
ガロ「だから、僕が採用されたのか……」
くらら「担任が途中で代わるのって、彼らにとってもショックなの
 よ。やっぱり、担任には甘えたい、わがまま言いたい、面倒見て
 欲しいって気持ちがあるから、それを受け止めてもらえないと、
 つらいのよね。だから、ガロ先生、頑張って。彼らは愛情に飢え
 ているのよ。愛してあげて、あの子たちを」
ガロ「はい」
くらら「じゃあ、次の授業の準備があるのでこれで。ガロ先生、ま
 たね」

   くらら、去る。

ガロ「くらら先生……」
ミカリン「(背後から耳に息を吹きかけて)ふっ。惚れたでしょ」
ガロ「わっ。何ですか、あなたは。理科の先生?」
ミカリン「これは仕事着よ。人を見かけで判断しちゃ、駄目よ。私
 は図書室のマドンナ、ミカリンって呼んでね」
ガロ「ミカリン先生」
ミカリン「むふ」
サム「ハイ、ガロ。ナイッチューミーチュー。プリーズ・コール・
 ミー・サム」
ガロ「サム? ああ、サム。僕、前にサムって言うゴールデンレト
 リバー飼ってました。すごく賢くて、ボール投げたらくわえて戻
 ってきたんです。懐かしいなあ。僕が小学校の時に死んじゃった
 んだけど。あ、すいません」
サム「いいや、気にしてないから、別に。言っとくけどね、君。2
 Aは、悪の巣窟だ。気をつけたほうがいい」
ガロ「はあ?」
サム「次は、僕のナイーブなストマックに穴が開くんじゃないかと、
 心配で心配でね」
ガロ「あ。そう言えば、サム先生の噂をしてました」
サム「どんな!」
ガロ「えっとお……英会話がよく覚えられるって、評判で」
サム「そうか。それなら、いいんだ。本当に、他に何も、言ってな
 かっただろうね」
ガロ「はい。言ってませんでした」
サム「そうか。まあ、気楽にね。あんまり思いつめないようにね」
すだっち「そうそう。最初は様子を見ながら、ゆっくりね」
ガロ「先生は、何の教科ですか?」
すだっち「僕は、くらら先生と同じ数学だ。すだっちって呼ばれて
 るよ」
ガロ「すだっち先生」
すだっち「2Bの担任だ。隣のクラスだから、よろしく」
ガロ「あの、どうしたらいいんでしょう? 彼らには、僕を受け入
 れる気がないように思えました。敵視されるならまだしも、まる
 で相手にされていないんです。僕は、こんなんで、やっていける
 んだろうか……教師失格だ……」
すだっち「最初の日にそう決めつけるのは早いんじゃないかな。ガ
 ロ先生は、年齢が若い。これは強みだよ、僕にはない強みだ」
ガロ「年を聞かれました」
すだっち「親近感を抱いているかも知れない」
ガロ「そうでしょうか」
サム「そうそう、フレンドリーに接すると、彼らも分かってくれる
 よ」
えま「フレンドリー! ありえないわ。とにかく、あのサルどもを、
 高校を卒業するまでに、まともな人間に仕立て上げること。社会
 的に通用する人間に育て上げること。それが目標よ。私は、びし
 びし、厳しくしつけてるわ。タメ口なんて、論外よ。ガロ先生、
 タメ口許してないでしょうね」
ガロ「タメも何も……一段下、でした」
えま「駄目ね」
ガロ「面目ないです」
すだっち「タメ口から始めてもいいじゃないか。徐々に、態度も改
 まるよ。まあ、授業の最初の号令はきちんとね、それだけは」
ガロ「それが……拒否されました」
すだっち・えま・サム「えっ」
サム「拒否って、あの、グッモーニン・エブリバディをかい」
ガロ「ええ。頭を下げる理由がないって」

   すだっち・えま・サム、ため息。

すだっち「そうか」
えま「だから言ったでしょ。あいつらには、日本語通じないのよ」
サム「英語も通じないが」
えま「サル並みなのよ、頭が」
すだっち「それは言い過ぎだよ、えま先生」
えま「すだっちは男だから、怖いから、言うこと聞いてるのよ。あ
 たしなんか、女だからなめられまくりよ。まして、音楽の授業。
 遊び時間くらいにしか思ってないわ。真面目に授業しようって気
 も失せるわよ」
サム「僕も、時々むなしくなるよ。何で授業してるんだろうって。
 一人で勝手に喋って、黒板に向かって書いてると、後ろから消し
 ゴムが飛んでくる」
えま「でしょ?」
ミカリン「相手を見てやってるってのは、同感ね」
えま「それ、どういうこと?」
ミカリン「すだっち先生の授業は真面目に受ける。サム先生とえま
 先生の授業では遊ぶ。相手を見てるのよ」
えま「ちょっと」
サム「ゴッド! それは、僕がなめられてるってことか?」
ミカリン「さっき、えま先生ご自身でおっしゃったじゃないの」
サム「ちがーう! 僕は、あくまでフレンドリーにだね、彼らの気
 持ちを惹きつける素晴らしい授業さえやれば、必ずついてきてく
 れると信じているんだ!」
ミカリン「そうね。素晴らしい授業実践こそが、生徒を惹きつける
 のよね」
えま「あなたは、いつも図書室で遊んでいるから、私たちの苦労が
 分からないのよ!」
ミカリン「ええ。生徒の方から、いろいろ話してくれるわ。カウン
 セリング料もとりたいくらい」
すだっち「たまには情報提供して下さいよ、ミカリン先生」
ミカリン「まあ、たまにはね。中にはどきっとするような情報もあ
 るわよ」
サム「それは……どんな」
ミカリン「内緒。むふ」

   チャイムの音。
   教師たち、一斉に立ち去る。
   ガロ、残る。


《四》L・H・R

   またまた生徒たちが椅子に乗って登場。

ケイタ「先生、今日のホームルームは何やるんですか?」
ツバサ「グランドで遊ぼうよ、サッカーとかさ」
アキ「サッカー?」
トモ「いいんじゃない」
ツバサ「けってーい! じゃ、委員長、サッカーということで」
ガロ「ちょっと待った! 今日のホームルームは自由レクの時間じ
 ゃない」
ケイタ「じゃ、何なんですか」
ガロ「もうじき、文化祭があるだろう。クラスの出し物を決めるん
 だ」
ケイタ「ええー。そんなの、先に言っておいてもらわないと、考え
 てこなかったですよ」
トモ「いいじゃん。今考えれば」
ガロ「文化祭と言えば、高校時代の思い出作りには最高の行事だよ。
 クラスのみんなで協力して、一丸となって何かを作り上げる、そ
 ういう体験をして欲しい。ともに汗を流した思い出は、固い絆と
 なって、君たちを永遠に結び付けるだろうと思う。そこでだ。何
 か、いい企画はないか?」

   生徒たち、沈黙。

ガロ「出来ればだ。みんなが参加して、一緒に作業が出来るような
 企画が望ましい」
トモ「屋台でいいんじゃないの」
ガロ「屋台?」
トモ「やきそばとか」
ガロ「それは……、調理係と店番だけで、後の人は暇になってしま
 うだろ?」
トモ「だって、他のクラスの企画とかも見にいきたいし」
ガロ「うちだって、見にきてもらえるような企画をしよう」
トモ「何で屋台は駄目なの?」
ガロ「そんな、安易な」
トモ「安易じゃないよ、せっかく提案してやったのに何よ」
ツバサ「屋台、楽しそうじゃん。俺、調理係したい!」
アキ「調理係は検便するって、知ってた?」
ツバサ「うっそ、うんこ持ってくるの?」

   生徒たち、爆笑。

ツバサ「うんこ! うんこ!」
トモ「あたし便秘だから難しいんだよね。一週間くらいためてる時
 あるし」
アキ「一週間? トモのおなかの中どうなってんの?」
トモ「こわいっしょ」
アキ「それやばいよ」
トモ「大丈夫、薬あるし」
ツバサ「きたねー女」

   トモ、ツバサを雑誌で殴る。

ツバサ「いってー、冗談だろ」
トモ「うるさいわね」

   トモ、化粧を始める。

アキ「先生、早く決めて下さい。屋台でいいでしょ」
ガロ「待て。本当に、他の意見はないのか?」
ケイタ「じゃ、決をとりまーす。屋台でいい人」

   生徒たち、手を挙げる。

ケイタ「じゃ、屋台ということで」
ガロ「待った! キリコが挙げてなかった」

   みんな、キリコを見る。

ガロ「キリコ、何か意見はないのか」
キリコ「ないです」
ケイタ「じゃ、決定ですね。先生、申請の方よろしく。解散!」

   生徒たち、去る。
   キリコとガロ、残る。

キリコ「先生」
ガロ「意見、言いたかったんだろ。でも、言えなかったんだな」
キリコ「私、先生のことが好きです」
ガロ「ありがとう」
キリコ「頑張って下さい」
ガロ「ああ」
キリコ「これ……私のメルアドです」
ガロ「ああ」

   キリコ、走り去る。

   ガロ、倒れる。


《五》職員室

   サムがやって来る。
   ガロを助け起こす。

サム「ヘイ、ヤングマン、元気かい?」
ガロ「もう、駄目です……」
サム「分かるよ、あんなクラスだもんな」
ガロ「ええ、あんなクラス……何で僕じゃなきゃいけなかったんで
 す?」

   急にそわそわし始めるサム。

サム「そりゃあ、まあ、管理職のお眼鏡にかなったってことかな。
 君は若いし、熱意もある。生徒と心を通わせて、いいクラス経営
 をしてくれるんじゃないかって、期待されてるんだよ」
ガロ「でも、それなら、サム先生とか、えま先生とか、ベテランの
 方が」
サム「あー、言いにくいがね、確かに打診はされた。えま先生は知
 らないよ、何せ口癖が、『家庭と仕事の両立なんて無理よ! 』
 だからね。僕は断ったよ。自分の身が可愛いからね。あいつらの
 ために、教師人生を棒に振るなんてこと、したくなかった。ごめ
 んよ、ガロ先生。結果として君に押し付けたのは、謝る。でも、
 僕には、あのクラスを持つ力量が……ないんだ」

   サム、うなだれる。

ガロ「サム先生、そんなことないです。あいつらも、先生のこと、
 きっと好きですよ」
サム「だといいね……」

   えま、現れる。

えま「もうノックダウン?」
ガロ「えま先生。2Aを担任しなかったのは、何故ですか?」
えま「いい加減にして! 自分のクラス経営が上手くいかないから
 と言って、あたしたちに尻を持ってくるのはやめて! 確かにあ
 たしは2Aの担任を断った。でも、あたしは、仕事は精一杯やっ
 てるの。保育園の閉園時刻ぎりぎりまで仕事して、それからは、
 主婦よ。ダンナは子供の面倒を見てくれないし、あたし、たった
 一人で子育てしてるのよ? なのに、土日も部活動だ、学校行事
 だと引っ張り出されて、そのたびにダンナの実家に頭下げて、子
 供の面倒を見てもらって、いやみの一つも言われて、でも、やめ
 られないのは、家のローンも教育費もかかるからなのよ! あた
 しだって、のんきに専業主婦したいわよ! 他の先生みたいに、
 教育に命かけてみたいわよ! でも、それが出来ないのよ、あな
 たみたいな恵まれた人には分からないでしょ?」

   えま、泣き出す。

サム「えま先生……」
ガロ「先生、先生、大丈夫ですか」
えま「いいわね、あなたたちは男で」

   ミカリン、いつの間にか姿を現してその情景を眺めている。

ミカリン「男だからいいわねって、差別だと思うけどな〜」
えま「何よ! 結婚してなくて、子供もいないあなたに、私の苦労
 が分かるの? 独身で気楽で、責任がなくて、仕事も好きなだけ
 出来るじゃない、ずるい、ずるいわ」
ミカリン「保育園のお迎えの時間までは、あなたは教師なのよ。そ
 れまでの時間、好きなだけ仕事に打ち込めばいいじゃない。保育
 園のおかげでそれが保障されてるんだから。言わせてもらうと、
 育児休暇のなかった頃の女性教員は、もっと大変な思いをしてる
 のよ。それでも、愚痴一つ言わずに男以上に仕事をしながら、権
 利を勝ち取ってきた。その恩恵をこうむっているあなたがこれじ
 ゃ、先輩方も嘆くでしょうね」
えま「言いたいことばっか言って、悔しかったら結婚してみなさい
 よ!」
ミカリン「結婚願望に縛られるタイプじゃないんで。おあいにくさ
 ま」
えま「あなたなんかに言っても無駄ね」
ミカリン「ええ、無駄よ。あなたの愚痴も聞き飽きたわ。いい加減、
 仕事ちゃんとやったらどう? 育児で言い訳するなんて、子供が
 可哀想よ。それが出来ないなら、仕事なんかやめたら?」
えま「やめられないって言ってるでしょ!」
ミカリン「転職したら? 教師、もういやなんでしょ」
えま「いやなんて言ってないわよ!」
ミカリン「じゃ、続けたら」
えま「うるさいわね! (サムとガロに向かって)何ぼーっと突っ
 立って見てるのよ! あなたたち、暇なら部活動にでも顔出しな
 さいよ! 主要教科教えてるからって、部活動なめてもらっちゃ
 困るわ。ガロ先生。今までブラスバンドに顔出してないのは何故
 ?」
ガロ「えっ、僕、ブラスバンドの顧問なんですか?」
えま「聞いてなかったふり? なら、今聞いたでしょ。部員には、
 スケールをやらせてるわ。長音階と、短音階。12音全ての音で
 クリア出来たら合格。こんなところでうじうじ愚痴言ってる暇が
 あったら、部員のスケール見てちょうだい!」
ガロ「無理です! 僕、楽器なんか触ったこともないし、楽譜も読
 めないんですよ?」
えま「努力すれば、出来るわよ」
ガロ「そんな……」
えま「じゃ、あたし今日は早退するから。よろしくね、ガロ先生」

   えま、退場。

ガロ「そんな……」
サム「まあ、彼女はパッショネイトな人だから、芸術家だから、分
 かるだろ? 怒らないで、様子見てやってよ。案外明日になった
 らけろっとしてるんだから。じゃ、頑張ってね。相談ならいくら
 でも乗るからさ」

   サム、去る。

ミカリン「教師もいろいろでしょ」
ガロ「はあ、びっくりしました」
ミカリン「気にしない、気にしない」

   ミカリン、白衣のポケットから菓子を取り出して、ガロに渡
   し、去る。
   ガロ、半ば茫然としながら、菓子を口に入れる。


《六》放課後

   楽器を持ったツバサ、アキ、入ってくる。
   アキ、ツバサ、楽器を並べる。

アキ「なあんだ。今日はえまじゃないの」
ガロ「えま先生は早退だ。僕が顧問だから、今日は僕がみる」
ツバサ「担任が顧問! うんざりだよな」
ガロ「気にしなくていい、うるさいことは言わないから。とりあえ
 ず、練習しなさい」

   ツバサ、アキ、楽器を組み立て始める。

ガロ「スケールって、何だい?」
アキ「知らないの? 音階よ」

   アキ、吹いてみせる。

ガロ「上手いなあ」
アキ「これくらい、誰でも出来るよ」
ガロ「教えてくれないか」
アキ「何を?」
ガロ「楽器を」
ツバサ「へえ。本気?」
ガロ「ああ。僕は、楽譜が読めないし、楽器なんて、リコーダー以
 来だ。でも、やってみたい。顧問なんだから」
ツバサ「あのさー、簡単そうに見えるかも知んないけど、難しいよ。
 アキはずっとピアノやってて、中学校から楽器始めた。俺は高校
 から始めたから、全然みんなに追いついてなくて、下手くそ。1
 年やってて、この程度だよ」

   ツバサ、吹く。

ガロ「いい音じゃないか」
ツバサ「すっごく、練習してる」
ガロ「へえ」
ツバサ「でも時々、自分の音がいやんなって、楽器叩き壊したくな
 る」
アキ「ツバサの言う通りよ。誰でもその日から出来るオカリナ講座
 とか、広告で見るじゃない。あんなの嘘よ。その日からなんて出
 来る訳がない。何か月も何年もやって、初めて自分の思ってた音
 が出た喜びを味わえる。でも、そこまで我慢する人は少ないの」
ガロ「僕は臨時採用で、いつまで君たちといられるか分からないけ
 ど、クビになるまでの間は、せめて顧問として、頑張りたい。だ
 から、楽器をやってみたい」
ツバサ「カッコいいじゃん」
アキ「どうせ、すぐ投げるんでしょ」
ガロ「投げない。教えてくれ、楽器を。高校時代に、僕のクラスに
 ブラスバンドの指揮者がいた。いつも自信満々で、それに見合っ
 た努力を惜しまない奴で、勉強も出来たし音楽的にも凄い奴だっ
 た。でも、当時の僕たちにとって、何かに熱中するのって、カッ
 コ悪いことだったんだ。だから、奴を馬鹿にしてた。でも、みん
 な、内心では思ってたんだ。あいつ、凄いよな。誰にも真似出来
 ないよな。あいつみたいには、なれないよなって」
アキ「憧れてたの?」
ガロ「そうかも知れない。奴に、同じブラスバンド部員の可愛い彼
 女が出来た時、みんな悔しがったよ。何で奴がって。その子はマ
 ドンナみたいな存在だったんだ」
アキ「お似合いのカップルだったんでしょ」
ガロ「いや、外見的には美女と野獣だった。でも、中身はぴったり
 だったんだろうなあ。みんな、あいつが、うらやましかったんだ」
ツバサ「先生、楽器やりなよ。楽器やったら、もてるようになるよ」
ガロ「やるよ。でも、もてるためじゃない。顧問だからだ。まずは、
 楽器の名前を教えてくれないか」

   アキ、ツバサ、楽器を指差して教える。

ガロ「覚えられるかな」
アキ「覚えるのよ」

   アキ、繰り返し教えて、ガロが暗記するまで付き合う。

ガロ「……トロンボーン、ユーフォニウム、チューバ! 覚えた!」
アキ「じゃあ、これは?」
ガロ「アキの楽器かい? それは、サックス。えーと、テナーサッ
 クス」
アキ「そうそう」
ツバサ「俺のは?」
ガロ「トランペット」
ツバサ「やったじゃん、先生」
ガロ「ありがとう。やれば出来るもんだな」
ツバサ「先生、どの楽器がやりたい?」
アキ「駄目駄目。性格と、肺活量と、唇の形によって、楽器は決ま
 ってくるのよ」
ツバサ「あー、前にアキに読まされた本、あれ面白かったな」
ガロ「ツバサは本を読むのか?」
ツバサ「いんや、読まない。その本だけ面白かったから読んだ。オ
 ーケストラ性格別人間学、みたいなタイトルで。楽器で性格判断
 出来るって話」
ガロ「へえ。じゃ、僕は何になるんだろう」
アキ「先生の性格は?」
ガロ「猪突猛進、突っ走る方かな」
ツバサ「はあ?」
アキ「なーるほど。思い込みが激しくて、すぐ行動するタイプって
 こと。そうねえ、金管かな。何も考えずにパーッと音出すタイプ
 なら、トランペットなんて、どう? ツバサに教えてもらえるじ
 ゃん」
ツバサ「ええ?」
ガロ「トランペット、ああ、あいつが吹いてたのもトランペットだ
 った。うん、やってみたいよ」

   ツバサ、ガロに教え始める。
   ガロ、吹く。

ガロ「出た! 音が出た!」
ツバサ「きったねー音」
アキ「今の感動を覚えておいて、やめたくなった時に思い出して」
ガロ「ああ……すごい、すごいよ。音楽って、素晴らしいよ!」
ツバサ「音が出たくらいで泣くなよ、担任」
ガロ「だって……感動したんだ」
アキ「ツバサ、面倒みてやってね」
ツバサ「へーい」

   アキ、ツバサ、去る。

   一人、下手くそなトランペットを吹き続けるガロ。
   そこへ、くららが入ってくる。

ガロ「あっ、くらら先生!」
くらら「ごめんなさい、邪魔しちゃって。続けて下さい」
ガロ「いいえ、もう、いいんです」
くらら「えま先生を訪ねてきたんですけど、いらっしゃらないのね」
ガロ「えま先生は、早退しました」
くらら「そう。ご家庭もおありだし、大変でしょうね。お聞きにな
 った?」
ガロ「ええ、多少は、はい」
くらら「えま先生を見てると、思うんです。私も結婚したら、仕事
 と家庭の両立で悩むのかしらって。でも、悩むのは先のことです
 ものね。それなら、今、出来ることを精一杯しようって思うんで
 す。今は、仕事のことで頭が一杯。まだまだ新米ですから」
ガロ「くらら先生は、どうして、そんなにいつも笑顔でいられるの
 ですか?」
くらら「私だって、腹の立つことや悲しいことはありますよ。でも、
 生徒たちは、ありのままの私を受け入れてくれます。それに誠実
 に応えたいと思うだけです」
ガロ「僕、くらら先生みたいにはなれないです。生徒たちが憎たら
 しくなったり、本気で怒ったり、馬鹿じゃないのと思ったり。そ
 んな僕は教師失格なんじゃないかと悩みます」
くらら「自分に厳しいのはいいことですけど、追い詰めすぎないよ
 うにね、ガロ先生」
ガロ「えっ、はい」
くらら「悩みのある時は、ここで、トランペットを吹く。それでい
 いじゃないですか」
ガロ「はい」
くらら「私も、昔は、クラリネットを吹いていたんですよ。学生の
 頃ですけど」
ガロ「今は?」
くらら「やめました。でも、楽器だけは大事に持ってます。時々手
 入れして、音を出すんだけど、練習してないから、全然駄目ね」
ガロ「先生、また始めましょうよ。僕なんか、一からスタートです
 よ。先生なら、すぐ追いつく……て、追いつくも何も、スタート
 から違うのか」
くらら「ええ、やってみたいですね。でも、えま先生がどう思うか」
ガロ「どうして?」
くらら「ブラスバンドの顧問でもないのに、楽器を吹かせてくれる
 かしら」
ガロ「僕も顧問です! 先生、やりましょうよ! さっき悟ったん
 です。クラスでは洟も引っかけてくれない奴らが、僕が楽器をや
 りたいって言った途端、話しかけてきた。心を開いてくれた。音
 楽には、そういう力があるんです! やりましょうよ、先生。僕
 たちの音楽で、彼らの心を開きましょう!」
くらら「それって、私たち教員が音楽をやるってこと?」
ガロ「親睦を図る意味でも、いいんじゃないですか」
くらら「そうね。ちょうど、もうじき文化祭だし、出し物の一つと
 して、考えてもいいわね」
ガロ「ねっ、いいでしょ? 早速、職員会議で提案しましょう!」

   キリコ、入ってくる。
   くららを見て、ガロを見る。

キリコ「先生、いつメールくれるんですか?」
ガロ「ああ、メール。ごめん。アドレス教えてくれたんだよね。忘
 れてた」
キリコ「私、ずっと待ってたんです」
ガロ「何か、相談事かい? そうだな。今夜メールするよ」
キリコ「分かりました。待ってます」

   キリコ、去る。

くらら「ガロ先生、あの」
ガロ「はい」
くらら「特定の生徒と親しくなるのは、ちょっと、良くないかも知
 れませんね」
ガロ「大丈夫です。他の奴らも、おいおい気を許してくれると思い
 ますし。それより、くらら先生。さっきの件、賛成して下さいま
 すか」
くらら「ええ、勿論。頑張りましょうね」
ガロ「やったー!」


《七》職員会議

   教師たち(校長・教頭・すだっち・ミカリン・サム・えま)
   が入ってくる。

校長「は? 今、何て言ったの?」
ガロ「ですからね、文化祭で、我々教師も出し物をしようと、ええ
 と、ブラスバンドを結成して、音楽の持つ力で生徒たちの心に訴
 えようと思うんですが、いかがでしょう」
校長「くだらないね」
ガロ「出し物を出すということがですか。それとも、ブラスバンド
 がですか」
校長「両方です。そんなお遊びしている暇があったら、校内巡視で
 もしたらどうなの? あっちこっちにタバコの吸殻が落ちていて、
 掃除が大変だって用務員さんから苦情がきてるわよ」
ガロ「勿論、校内巡視や部活動、生徒との面談、授業の準備などを
 おろそかにするつもりはありません。今までだって、先生方は生
 徒たちを変えるべく、さまざまな努力をなさってきたのでしょう。
 でも、生徒が変わってくれない以上、今度は、もっと大きな賭け
 に出るべき時が来たと思うんです」
校長「それが、教員バンドの結成ですか」
すだっち「校長先生。教員バンドは、我々が一丸となって、学校改
 革に取り組んでいるというアピールとしては、非常に有効かと思
 います。音楽には、ご存知の通り、心をリラックスさせ、和やか
 にする力があります。勿論、曲目を選べば、文化祭のステージは
 大いに盛り上がることでしょう。最近の文化祭は面白くない、だ
 から参加したくない、という生徒たちや保護者の方々の心をとら
 えるかも知れません。どうか、校長先生。ガロ先生のご意見を、
 もう一度考えて頂けないでしょうか」
くらら「私からもお願いします。校長先生。音楽を通じて私たち教
 師が親睦を深めることには、大変意義があると考えます。手のか
 かる生徒たちに振り回されて、同僚の先生方とゆっくりお話しす
 る余裕もありません。昔は、公私ともの密接なつながりで、教師
 の連帯感が養われていたと聞きます。しかし今は、サラリーマン
 的な立場で、仕事が終われば話もせずにさっと帰ってしまうとい
 った態度の人も多く、家庭の事情もあり仕方がないかも知れませ
 んが、それはあまりにも淋しいのではないかと思うんです。せめ
 て、学校にいる間は、ともに語らい一つのことに没頭する、そう
 いう体験を持ちたいと思います。教員バンドの件、お考え頂けな
 いでしょうか」
校長「考えるまでもないわ。くだらない」
くらら「そこを何とか、校長先生、お願いします!」
すだっち「校長先生、お願いします!」
ガロ「お願いします!」

   沈黙。
   ミカリンがひょろりと挙手して、発言する。

ミカリン「校長先生。私からもお願いします。面白そうじゃないで
 すか。やりましょうよ、教員バンド」

   何故か、みんな(ガロを除いて)大いに驚いてミカリンを見
   る。

校長「……(口の中で)よろしいでしょう」
他「えっ」
校長「(大声で)いいでしょうと、言ったんです」
ガロ「では、あの、認めて頂けるんですか」
校長「許可します」
ガロ・他「(口々に)ありがとうございます!」
校長「但し」
ガロ「はいっ」
校長「教員バンド、という名前。だっさいね。何とかならない?」
ガロ「それは校長先生がおっしゃったのでは」

   ガロの口をふさぐすだっち。

すだっち「校長先生、教員バンドの運営委員長に、私を任命して頂
 けませんか」
校長「教員バンド運営委員長に、すだっち先生を任命します」
すだっち「では、みなさん。教員バンド、頑張りましょう。音楽の
 力で、生徒たちを変えましょう!」
サム「そんなこと、出来るのかな」
ミカリン「やってみなきゃ、分からない」
サム「君が、そんなこと言うなんてね」
ミカリン「何よ」
サム「いや、……ソーリー」
くらら「ジ☆ブラスバンド、て言うのはどうでしょうか?」
サム「ジ? ザ、じゃないのかい」
くらら「ですから、特別なバンド、ただものじゃないって言う意味
 で、ジ☆ブラスバンド」
ミカリン「いいねえ。ジ☆ブラスバンド」
校長「では、よろしくお願いしますよ」

   校長、立ち去る。
   後を付いていく教頭。

教頭「みんな、頑張って下さい」

   教頭、そそくさと去る。

すだっち「やれやれ、管理職は参加してくれないのか」
えま「当たり前でしょ。こんなくだらない企画。ガロ先生、一体何
 でこんなこと思いついたの」
ガロ「部活で、生徒といろいろ話すことが出来たんです。それで、
 思ったんです。音楽の力って、素晴らしいなって」
えま「音楽のおの字も分からないような人に、音楽を語って欲しく
 ないわ。すだっち先生、くらら先生、ずいぶんと力が入ってます
 けど、私は反対ですからね。楽器は使ってもらってもいいけど、
 私は参加しませんから!」

   えま、去る。

サム「あー。怒っちゃったよう」
くらら「サム先生、先生は賛成して下さいますよね」
サム「あっ、はい」
くらら「サム先生、ご趣味で尺八をなさってたんですって?」

   盛大に吹き出すミカリン。

ガロ「そこで笑っちゃまずいでしょう」
ミカリン「ナマ尺八だったりして。うぷぷ」
ガロ「だから、この場では、まずいですってば!」
くらら「音楽が、お好きなのね」
サム「ええ、音楽が」
くらら「私も好き」
サム「はい」
くらら「一緒に、頑張りましょう」
サム「はい」
すだっち「僕も楽譜が読めないクチだから、くらら先生、よろしく
 お願いしますよ」
くらら「はーい。じゃ、早速、楽器を決めましょうね」
ガロ「僕はトランペットです」
くらら「私はクラリネットでいいかしら」
ミカリン「待って。バンドの形態によって、楽器も違うんじゃない
 の?」
くらら「あら。そうでした」
すだっち「どういう意味?」
ミカリン「いわゆるバンドだったら、トランペットやクラリネット
 はいらないでしょう。エレキギター、ベース、キーボード、ドラ
 ムで十分よ」
ガロ「僕は、ブラスバンドをって考えていました」
ミカリン「どうして、ブラスバンドなの?」
ガロ「今、ミカリン先生が挙げた楽器は、みんな、触るとすぐ音が
 出るでしょう。そんなのは、つまらないと思うんです。確かに、
 エレキギターとか、かっこいいと思うけど……でも、音を出すの
 にも四苦八苦する、ブラスバンドの楽器を使って、僕らが必死に
 努力して演奏して初めて、彼らを感動させることが出来るんじゃ
 ないでしょうか。ナマの音を通じて、彼らに訴えかけたいんです」
すだっち「なるほどね。一理あるよ」
ミカリン「じゃあ、トランペットとクラリネットの線は置いといて。
 私はトロンボーンがいいな。男らしくってさ」
くらら「手が届きます?」
ミカリン「大丈夫よ」
くらら「サム先生は、尺八の経験を生かして、フルートで」
サム「繊細にして、華麗な音色を持つフルート。まさに、僕のため
 にあるような楽器だ」
くらら「確か、えま先生は、サックスがご専門だったと思うんだけ
 ど」
すだっち「じゃあ、僕はドラムだな。この編成だと、ジャズバンド
 かな」
くらら「ええ! とっても小さいけど、立派なジャズバンドになる
 わ」
ガロ「ジャズ! 僕、好きな曲があるんです」
すだっち「分かった。『マイウェイ』だろ」
ガロ「どうして、分かったんですか?」
すだっち「我が路、ガロ先生だからさ。『マイウェイ』、ソロ頼む
 よ」
ガロ「ソロって、あの、一人で立ち上がって吹くやつですか?」
ミカリン「よく知ってんじゃない。アガリすぎて倒れないでね」
ガロ「やります! やります! やらせて下さい! うおー、ソロ、
 かっこいいじゃん。クラスの奴らに、担任凄えって、絶対言わせ
 てみせますよ!」
くらら「あと一曲、映画音楽から、『トゥナイト』なんかどうかし
 ら?」
サム「トゥナイ〜トゥナイ〜タララタララ〜(歌い出す)」
くらら「ええ、それ! 『ウエストサイドストーリー』の曲よ」
ガロ「いいじゃないですか!」
ミカリン「有名だしね」
くらら「じゃ、『マイウェイ』『トゥナイト』の二曲は決定ですね。
 盛り上がりそう! 生徒たちが踊りだしたくなるようなステージ
 をしたいわ」
ガロ「一致団結、頑張りましょう!」
他「イエー!」

   全員、楽器を手にとり、そのポーズのまま、ストップモーシ
   ョン。

   校長、教頭、再び登場。

校長「あんなこと始めて、本当にどうにかなるとでも、思ってるの
 かしら」
教頭「はあ、我が校の現状は大変厳しいと言わざるを得ません。某
 予備校の模擬試験では、各教科の偏差値の平均が35未満と出ま
 した。いかに少子化の時代と言っても、これでは、入れる学校が
 ありません。就職も、日本語が通じない、キレて一日で辞める生
 徒はもういらないと、企業から苦情が殺到しています」
校長「どうしたら、この学校が良くなるのか。こんな簡単な問いに
 答えが出せないでいる」
教頭「そうでしょうか。今日、私はその答えに向かって、第一歩を
 踏み出そうとしたのではないかと、考えています」
校長「あなたまで、あんな馬鹿な企画を後押しするの? あの子が
 言わなきゃ、潰してた企画だわ」
教頭「ええ、あの発言には驚きました。珍しいですね。失礼ながら、
 学校経営には興味がおありでないと思っておりましたので」
校長「単なる気まぐれよ。待って。あの企画は、誰が起案したの?」
教頭「ガロ先生です」
校長「あの子、気があるんじゃないかしら」
教頭「ガロ先生にですか?」
校長「ええ。年も近くないこともないし、お似合いのカップルにな
 るんじゃないかしら」
教頭「……」
校長「どうなのよ」
教頭「いえ、そればっかりは、本人次第ではありませんか」
校長「美佳さえその気になってくれるなら、ガロ先生を正式採用し
 てやってもいいわ。何なら、この学校の経営権も」
教頭「それも、本人次第かと」
校長「何よ、私に出来ることがないとでも?」
教頭「いえ、男女の仲は思案の外、と申します。ゆっくり、見守っ
 て差し上げてはいかがかと」
校長「ゆっくり見守ってたら、あの子は四十になってしまうわ!」
教頭「今、お幾つでしたっけ」
校長「三十二歳よ! 厄年よ! 微妙な年齢よ! 早く売ってしま
 わないと、結婚して子供を生まないと、女として商品価値がなく
 なってしまうわ!」

   教頭、周囲を見回す。

教頭「校長先生。教育者として、少し偏りがある発言かと。申し訳
 ございません」
校長「いいえ。ありがとう。ちょっとは冷静になったわ」
教頭「美佳先生は、ご自身しっかりしたお考えをお持ちのようです
 し、大丈夫だと思います。ああやって、職員の輪に入っていく美
 佳先生を見るのは初めてで、非常にほほえましく思いました」
校長「そうね。あの子にとっては、大進歩よね」
教頭「そうですとも」
校長「まあ、大目に見てやりましょう」
教頭「ありがとうございます」
校長「あなたも大変ね、私と職員たちの橋渡しをして」
教頭「それが役目でございますから」
校長「いつもすまないと思っているわ」
教頭「過分なお言葉でございます」

   校長、教頭、去る。


《八》休み時間

   生徒たち、椅子に乗って登場。

トモ「あーもう、こんなクラスやだよぉ。盛り上がんないし、担任
 は弱っちいし」
ケイタ「屋台やりたいって言ったのは、お前だろう」
トモ「なーんか、面倒くさくなっちゃってさ。打ち合わせばっかり
 で、面白くないし」
アキ「いいじゃん。当日やればいいだけだし、らくちんでさ」
トモ「なーんか、面白くないんだよねぇ」
ケイタ「何だよ、文句ばっかり言って。こっちまでやる気失せるだ
 ろ」
トモ「やっぱ、感動っつーの? たった一度のガクセイ生活でさ、
 熱いもの欲しいじゃん?」
ツバサ「やきそばは熱い」(注:作者的にはこれは名セリフだと思
 います)

   ツバサへ、みんなの冷たい目線。

ツバサ「お前、部活入ってないからだよ。部活、今からでも入って
 み? 面白えぞ」
トモ「あたし楽器なんかやる気ないから」
ツバサ「中学ん時の名セッター、スカウトされたんだろ?」
トモ「中学で燃え尽きた。もう、頑張るの飽きちゃった。あー早く
 卒業したいなあ、早く大人になりたい」
ケイタ「大人になって、何すんの」
トモ「大恋愛して子供生むの」
アキ「順番間違ってない?」
トモ「もーちろん、結婚式もするよ。真っ白いウェディングドレス
 着て、とーちゃんと腕組んでバージンロードを歩くの。ああ、早
 くお嫁さんになりたい!」
ツバサ「その前に相手見つけろや」
トモ「うるさいね。あんたこそ、早く童貞卒業しなよ」
ツバサ「てめー、言っていいことと悪いことがあるだろ!」
ケイタ「ツバサ、やめろって、トモ謝れって」
トモ「ツバサなんか、なーんにも悩みがないから、そんなのんきに
 してられるのよ」
アキ「トモ、悩んでるの?」
トモ「悩んでる」
アキ「何を悩んでるの?」
トモ「感動が欲しい」
アキ・ケイタ・ツバサ「感動?」
トモ「今までずーっとつまんない人生歩んできた」
トモ・キリコ「味気ない毎日、今日こそは何かドラマチックな出来
 事が、人生を変えるような出来事が起こるんじゃないかって、祈
 るような思いで過ごしてきた」
キリコ「そうしたら、神様は私の願いを聞き届けてくれた。教室の
 扉を開けて爽やかな風のように入ってきた、その人の名はガロ先
 生。先生、好きです。先生の何もかもが好きです。先生の声を聞
 くだけで胸が苦しくなって、先生を見ているだけで幸せで、毎日
 が光り輝いています。先生のことをもっと知りたい。今、どこで、
 何をしてるのか、先生の全てを知りたい。先生と同じものを見て
 同じことを体験して、先生と全てを共有したい。先生は、運命の
 人なんです。神様、ありがとう」

   凍りつく生徒たち(キリコ以外)。

   キリコのポケットの携帯が鳴る。
   キリコ、携帯を取り出す。

キリコ「ガロ先生から! 今日の授業はみんな真面目に聞いてくれ
 て嬉しかった。キリコちゃんも、頑張って勉強してね。ガロ」

   携帯にキスするキリコ。

キリコ「先生、好き!」

   離れたところで、ひそひそ話し始めるほかの生徒たち。
   キリコ、熱心にメールを打っている。

ツバサ「キリコ、やばくね?」
トモ「あれ、本気だよ。やばいよ」
ケイタ「あの担任のどこがいいんだ?」
アキ「結構男前じゃん」
ケイタ「どこが!」
アキ「優しいし、やる気あるし、前の担任よりマシだって、ケイタ
 も言ってたじゃん」
トモ「でも、おっさんだよ?」
アキ「二十四って、おっさん?」
ツバサ「十分、許容範囲」
トモ「ツバサ、そんな難しい言葉知ってんだ」
ツバサ「馬鹿にするなよ。俺は、国語で40点取れる男だぜい」
トモ「でもさあ、あんなしょっちゅうメール送ってるのって、やば
 いよ。中毒って言うか」
ツバサ「付き合ってるってこと?」
トモ「馬鹿、さっきのメール聞いたでしょ。全然相手にされてない
 じゃん」
ツバサ「あー。つらいなあ」
トモ「そうだよ。相手にされてないって分かったら、自殺すっかも」
アキ「弁当も作ってるんだよ」
ケイタ「弁当?」
アキ「毎朝、職員室に届けてるんだって」
ケイタ「何でお前知ってるの」
アキ「昼休み、職員室に行った時に見たの。ピンクのでんぶでハー
 トマークが描いてあって、タコさんウインナーが入ってた。まさ
 か、担任の手づくりって思わなくって、聞いたら、キリコが作っ
 たって」
ケイタ・ツバサ「げーっ」
トモ「あっ、どっか行くみたい」

   キリコ、足早に去る。
   ほかの生徒たち、ついて行く。

   音楽室

   ストップモーションをやめて、動き出す教師たち。
   サム、下手くそな『G線上のアリア』を吹いている。

ガロ「もう、限界っすよ……」
ミカリン「携帯切ったら?」
ガロ「そしたら、本人が来るんです。どうして携帯を切ってたのか、
 どこで何してたのか、誰と会って話してたのか、根掘り葉掘り聞
 かれるんです」
ミカリン「自業自得ね」
すだっち「一度、本人を呼んで、きちんと話し合ったらどうだろう」
ガロ「何て言えばいいんですか? 自慢じゃないけど、僕はもてた
 ことないんです。振られたことはあっても、振ったことはありま
 せん。ましてや、生徒に対して、どう言えばいいのか……」
くらら「ありのままを言うしかないでしょう」
ガロ「ありのままって?」
くらら「ガロ先生は、キリコのことをどう思ってるんですか」
ガロ「最初は僕の方を向いてくれる生徒がいるってだけで嬉しくて、
 メールなんかもまめに返事したりして、浮かれてたって言うか…
 …」
サム「(吹くのをやめて)女子高生に好かれて浮かれてた、か。そ
 ういう時代もあったね」
ガロ「僕にとっては、今現在の問題です!」
くらら「少し軽率だったのではないかしら」
ガロ「くらら先生……」
くらら「関係を一からやり直すつもりで、きっぱり言うんです」
ガロ「きっぱりって、何を」
くらら「君のことは好きじゃない、生徒としてしか見ることが出来
 ない、て」
ガロ「君のことは好きじゃない、生徒としてしか見ることが出来な
 い。ああ! そんな残酷なこと言えません!」
くらら「じゃあ、何て言うんですか」
ガロ「僕は……僕には、好きな人がいます」

   BGM。『〈北の国から〉メインテーマ』

ミカリン「うんうん、いいセンだねえ」
ガロ「その人は僕のことを全然振り向いてくれなくって、でもあき
 らめられなくって、毎日がつらいんだ。でも、その人のことを思
 うだけで幸せになれるんです。つらいのに幸せだなんて、どこか
 間違っているような気がします」

   キリコ、入ってくる。
   後ろから、ほかの生徒たちもついてくる。

キリコ「先生。どうして、メール返してくれないんですか。私は、
 休み時間のたびに、先生からのメールが来ないかって、胸がつぶ
 れそうな思いで携帯を握ってるんです。家に帰ったら、もう、学
 校のことが頭について離れない。先生は、私のことをどう思った
 だろう。早く、先生にもう一度会って話さなきゃ、そう思うと夜
 も眠れません。先生。私のこの気持ち、どうしたらいいんですか」
ガロ「キリコちゃん。今こそ、言います。僕は、教師失格かも知れ
 ません。僕は、君の気持ちに気づいていました。毎日差し入れて
 くれるお弁当、休み時間ごとに鳴るメール、放課後ごとに手渡さ
 れる手紙、朝、校門に着くと必ず君がいて、『おはようございま
 す』と笑顔で挨拶してくれる、そこまでされて、気づかない男が
 いるでしょうか。でも、キリコちゃん。僕が君に優しかったのは、
 単に、恋に苦しんでいる自分を認めたくなかったからなのです。
 僕は、君の擬似恋愛に付き合うふりをして、自分の恋から目を背
 けていたのです。今こそ言わせて下さい。キリコちゃん。僕は、
 君のことが好きではありません」

   BGM、フェイドアウト。

キリコ「じゃあ、誰が好きなんですか」
ガロ「それは、言えない」

   キリコ、カッターを出す。

アキ「キリコ、駄目!」
キリコ「先生は、私のことが好きじゃないんですか」
ガロ「君のことは好きじゃない。勿論、生徒としては、2Aのみん
 なと同じように大事に思っている。でも、そういう意味では好き
 じゃない」
キリコ「先生、私のこと、好きになってくれませんか」
ガロ「無理なんだ。キリコちゃん、さあ、それを放して、僕に渡す
 んだ」

   キリコ、カッターの刃先を出す。

キリコ「先生は、私の運命の人じゃなかったんですか。私と一緒に
 歩いていってくれる人じゃなかったんですか」
ガロ「君の運命の人は、僕じゃない。どこかに、必ずいるんだ。で
 も、それは僕じゃない」
キリコ「私、信じてたのに。先生は、私のこと全部分かってくれる
 って、思ってたのに」
ガロ「それは幻想だ。誰も、全てを分かり合うことなんて出来ない
 んだよ。それでも、人は愛し合うことも出来るし、友達になるこ
 とも出来る。同じものを見て感動したり、協力して何かを成し遂
 げることも出来る。キリコちゃんが思うようなことは出来ないけ
 ど、僕はキリコちゃんが大事だよ」
キリコ「じゃあ、何でこんな残酷なことを言うんですか。先生なん
 か、大っ嫌い!」

   キリコ、刃先を手首に当てて思い切り引く。

ガロ・ほか「キリコちゃん!」「キリコ!」

   ガロ、カッターをもぎ取る。
   キリコの手をおさえるミカリン、すだっち。

すだっち「ガロ先生、あっち行ってて」
ガロ「でも!」
すだっち「いいから!」

   サム、ガロを連れ出そうとする。
   ガロ、抵抗する。

ガロ「僕は、この子の担任です! この場を離れるわけにはいきま
 せん!」

   くらら、生徒たちを見渡して言う。

くらら「みんな。キリコちゃんを助けてあげて。支えてあげて。そ
 れがクラスメートに出来ることよ。でも、今は行きましょう。そ
 っとしておいてあげましょう。ガロ先生、ミカリン先生、あとを
 お願いします」

   くらら、サム、すだっち、生徒たち、去る。

   ミカリン、白衣のポケットから包帯を出して手当てする。
   座り込んだキリコの口にあめを突っ込む。

ミカリン「馬鹿だねえ、キリコ」
キリコ「分かってる。馬鹿だって、分かってる」
ミカリン「泣いていいんだよ、キリコ。泣いちゃいなさい」
キリコ「私、死んでしまいたい。生きていたってどうしようもない。
 私なんて、社会のクズだもの。ねえ、死んでいい? もう死にた
 いの」
ミカリン「つらかったんだね」
キリコ「先生」

   キリコ、あめをなめながら号泣する。
   ミカリン、キリコを抱きしめる。

ミカリン「死ぬのはいつでも出来る。でも、キリコちゃんの運命の
 人は、この世界のどこかで、キリコちゃんを待ってるんだよ? 
 死んじゃったら会えなくなるよ? その人はどうなるの、運命の
 人のキリコちゃんに会えないままになっちゃうの?」
キリコ「先生は、ガロ先生は、私の運命の人じゃなかったの?」

   ミカリン、キリコを放す。
   立ち上がって、ガロを平手打ちする。

キリコ「先生!」
ミカリン「この程度の男、いくらでもいるよっ! さあ、キリコち
 ゃん」

   ミカリン、キリコを立たせる。

ミカリン「ガロ先生を殴りなさい。そして、自分の恋に別れを告げ
 るのよ」
キリコ「出来ません」
ミカリン「出来るわ。女なら、やってみせるのよ。さあ」

   キリコ、ガロをグーで殴る。
   ガロ、倒れる。

キリコ「先生の馬鹿! 鈍感! 先生のこと好きだったのに、もう
 嫌いになった!」

   キリコ、携帯を折って、床に投げつける。

キリコ「もう、メールもしませんから! お弁当も作らないから!
  手紙も書きません!」
ガロ「ごめん」
キリコ「でも、先生は、私の担任ですよね?」
ガロ「僕は、君の担任だよ」
キリコ「じゃあ、許してあげる」

   キリコ、走り去る。

ガロ「いってえ……効きましたよ」
ミカリン「自分で蒔いた種でしょ」
ガロ「面目ないです」
ミカリン「貸しにしとくわ」
ガロ「高くつきそうだなあ」
ミカリン「当然でしょ」
ガロ「本当に、助かりました」
ミカリン「こういう役どころって、好きじゃないのよね。疲れるわ、
 いい人のふりすると」
ガロ「ミカリン先生って、本当は優しいんでしょう」
ミカリン「むふ。惚れちゃだめよ」
ガロ「僕、好きな人がいるんです」
ミカリン「あー、いいことだねえ。失恋をステップにして、さらに
 男としてビッグになるのね」
ガロ「失恋って、決めつけないで下さい!」
ミカリン「むふふ。ま、頑張りな、青少年」

   ミカリン、去る。

   ガロ、キリコの捨てた携帯を拾い、ポケットに入れる。
   トランペットを手にして、唇に当てる。

ガロ「いってえ……思いっきり殴りやがった。まあ、当然だよな」

   ガロ、下手くそなリップスラーの練習をする。

   アキとツバサがやって来る。

ツバサ「キリコに殴られたって?」
アキ「うっわ、ひどい顔!」
ガロ「グーで殴られたよ。全部、僕が悪かったんだ」
アキ「キリコ、本気だったんだよ」
ガロ「ああ。僕も本気で答えなきゃいけなかったんだ」
ツバサ「しょうがねーよ、先生はおっさんなんだし、キリコはぴち
 ぴちの女子高生だし、教師が手を出す訳にはいかねーし、まあ、
 しょうがねーよ」
アキ「先生たち、本気でバンドやるつもり?」
ガロ「ああ。聞きに来てくれるか?」
アキ「もっと練習しないとね、耳が腐っちゃう」
ツバサ「言えてる」
ガロ「頑張るよ。僕は、君たちに感動してもらえるようなステージ
 にしたい」
ツバサ「とか何とか言っちゃって、途中でケツまくるんじゃねーの
 ?」
ガロ「僕はあきらめない。クラスのことも、バンドのことも」
アキ「ふーん。ま、頑張ってね」

   アキ、ツバサ、去る。

   ガロ、『いとしのクレメンタイン』を吹く。

ガロ「僕には、あんな風に潔く愛を告げる勇気はない。いつになっ
 たら、僕はあんな風に彼女に言えるんだろう。彼女の涼しい瞳を
 見つめて、くらら先生、僕は、あなたが好きです。初めて会った
 時から、好きでした」

   ガロが再び『いとしのクレメンタイン』を吹く間に、
   教師たち、三々五々戻ってきて、楽器を手にする。

   演奏。『ムーンライト・セレナーデ』
   くららが、ソロを務める。
   拍手喝采。
   お辞儀をする教師たち。(あくまで幻想のステージである)
   教師たち、去る。
   その後に残ったのは、アルトサックスを手にしたえま。


《九》音楽室

   えま、楽器を抱きしめてじっと座っている。

えま「初めてサックスを見たのは、中学校の音楽室だった。友達に
 誘われて何気なく戸口を入った途端、私の目はくぎづけになった。
 部屋の真中で、金色に輝いて、今まで聴いたこともないような豊
 かで迫力のある音色を紡ぎだしている楽器に、引き寄せられた。
 ベルに耳を寄せると、楽器を吹いていた先輩が、笑って言った。
 『サックス、好き? 』サックスという名前も初めて聞いた。で
 も、もうその時には、私は心を決めていた。これは、私の楽器だ。
 私の音だ。私はすでにサックスのとりこになっていた」
えま「毎日、楽器を手にしていないと落ち着かない生活が始まった。
 私の体の中にはいつも音楽が鳴り響いていて、外に出してやらな
 いと頭がおかしくなる。だから、私はいつも楽器を持って歌った。
 何より、サックスは雄弁に歌う楽器だった。私の心をそのまま映
 して、深いため息に似たロングトーン、華麗な螺鈿細工を思わせ
 る手先と高音のバランスを要求してくるスリリングなパッセージ、
 そして、悠々とのびやかに歌う主旋律、吹いていて、私は自分が
 からっぽになるのを感じた。同時に、音に自分の心も身体も共鳴
 し、満たされるのを感じた。それは、いつもとてつもないエクス
 タシーだった」

   えま、楽器を立てて抱きしめる。

えま「それは、就職して一年目に始まった。授業や、生徒指導に追
 いまくられ、やっとの思いでたどり着いたブラスバンドの部活動
 は、考えられないほど悲惨な状態だった。音符を読めない生徒を
 教え、エスケープする生徒をつかまえ、苦労して集めた部員はた
 った数人、その中で、本当に音楽を愛する者がいたとは思えなか
 った。毎年出場するコンクールでは、銅賞、それは参加賞、最低
 ランクの演奏をしたというしるし。私の中で鳴り響いていた音は、
 いつの間にか、磨り減って、聴こえなくなってしまっていた。音
 楽を失った音楽教師は、一体どうしたらいいんだろう? いや、
 それ以前に、私はこれからどうやって生きていけばいいんだろう
 ? 音楽が音楽として聴こえない、音符にしか聴こえない。私は、
 もう教師失格だ。音楽を愛せない音楽教師なんて」

   サム、やって来る。

サム「えま先生」
えま「……」
サム「お邪魔してごめんなさい。僕ね、好きな曲があるんです。僕
 の頭の中では鳴っているんだけど、僕の技術じゃ無理なんです。
 演奏して頂けませんか」
えま「そんな。あたし、練習してないし」
サム「いいんです。今の、えま先生の音を聴かせて下さい」
えま「……」
サム「駄目ですか?」
えま「何て曲ですか?」
サム「サティの、『ジュ・トゥ・ヴー』です」

   えま、ゆっくりと楽器を構える。

   『ジュ・トゥ・ヴー』を奏でる。
   朗々と、歌うように。

サム「ありがとうございました」
えま「いいえ」
サム「僕ね。バツイチなんですよ」
えま「えっ?」
サム「知らなかったでしょう? 今まで隠してきましたからね。ゲ
 イなんて生徒に言われてるの、知ってます。でも、へいちゃらで
 す。僕は、妻に裏切られて、徹底的な女性不信になりました。女
 なんて信じられない、て今でも思っています。でもね。これは、
 妻が好きだった曲なんです」
えま「どうして」
サム「妻は、ピアノが上手で、いつも家には音楽が鳴り響いていま
 した。うるさい、教材研究が出来ないじゃないか、僕はいつも怒
 鳴っていました。妻は、僕の顔を見るとびくびくするようになり
 ました。妻がいなくなって、帰る家はいつもしーんとしていて、
 初めは安らぎました。でも、いつしか、音のないからっぽの家に
 帰るのが、つらくなってきたんです。今更、妻とよりを戻せると
 は思いませんが、もっと彼女を大事にしてあげたら、せめて、彼
 女の弾くピアノの音に耳を傾けてやれたら良かったな、と思いま
 す」
えま「先生、お子さんは」
サム「いません」
えま「そうですか」
サム「先生の家には、いつも音楽があるでしょう?」
えま「ええ。娘には、バイオリンを習わせていますし、それに……
 夫も音楽が好きですから」
サム「うらやましいですよ。家族がいて、心温まる音楽があって」
えま「……」
サム「先生が、ご家庭と仕事の両立で悩まれてるのを、知っていま
 すよ。でも、僕にはうらやましい。僕は、今、本当に気楽です。
 でも、それはロンリネスと隣り合わせの気楽さなんです」
えま「さびしいんですか」
サム「さびしいです」
えま「音楽と、家族のない生活」
サム「考えられないでしょう」
えま「ええ。でも、あたし。逃げ出したかったんです。家族から、
 音楽から。大好きだったものが、いつしか義務になって覆い被さ
 ってくる、その息苦しさから逃げ出したかった」
サム「時には、逃げてもいいじゃないですか。でも」
えま「でも?」
サム「本当は、大好きで、とっても大事なものなんだってこと、忘
 れちゃ駄目ですよ」
えま「サム先生」
サム「はい」
えま「あたし、今までサム先生のこと、誤解していたみたいです」
サム「いいですよ。僕は自分の値打ちを知っていますから。それに
 ね」
えま「はい」
サム「えま先生の音を聴いてみたい、みんなそう言ってるんです。
 一緒にやりたい、音楽をしたいって」
えま「みんなに頼まれて、来たんですか?」
サム「はい」
えま「何よそれ。しんみりしたあたしが馬鹿みたいじゃないですか」
サム「僕が言ったことは、全部本当ですよ。えま先生、やりましょ
 うよ、音楽」
えま「音楽」
サム「教えるだけじゃ、つまらないでしょ? 純粋に、音楽を楽し
 むために、やりましょうよ、生徒たちをあっと言わせる演奏をし
 て、見返してやりましょうよ」
えま「うふふ」
サム「何がおかしいんです?」
えま「別に。いいでしょう、やりましょう。その代わり」
サム「はい?」
えま「私が入るからには、いい加減な演奏はさせませんからね。び
 しびし、しごきますから!」
サム「はい」

   いつの間にか、教師たち(ガロ、くらら、すだっち、ミカリ
   ン)が、楽器を手に、勢揃いしている。

ガロ「えま先生、一緒にやって頂けますか?」
えま「やるわよ。でも、保育園のお迎え時刻までよ」

   みんな、笑う。

すだっち「じゃあ、気合入れて練習しよう!」
全員「ヨッシャー!」
えま「曲目は何?」
くらら「『トゥナイト』と『マイウェイ』です」
えま「たった二曲?」
くらら「でも、なかなか仕上がらなくって……苦戦してます。えま
 先生、ご指導お願いします!」
えま「いいわ。ただし、もう一曲追加します。あたしが入るからに
 は、ソロをやらせてもらうわ。曲は『イン・ザ・ムード』よ」
くらら「えっ」
サム「オー、イッツ・ソー・ディフィカルト!」
ガロ「どんな曲ですか?」
すだっち「『瀬戸内少年野球団』て映画あっただろ、あのテーマソ
 ングだよ」
ガロ「ああ! かっこいいっすねー」
えま「とんでもなく難しいわよ。でも、クリアしてもらうわ」
ガロ「合点です!」
えま「やるわね」
全員「はい!」

   めいめいが練習を始める。
   とんでもない騒音。

えま「ストップ、ストップ、ストップ! すだっち!」
すだっち「はい」
えま「手と足がばらばらに動かないとドラムは叩けないのよ。どう
 して、バスドラとスネアが一緒に鳴るのよ」
すだっち「……スネア?」
えま「これがスネア、バスドラ、ハイハット、タム」
すだっち「はあ」
えま「もう一度。みんな、合わせましょう」

   何か曲らしきもの。
   が、騒音にしか聴こえない。

えま「ストップ、ストップ、ストップ! ガロ先生、メロディー全
 然違うわよ」
ガロ「え。そうでしたか?」
くらら「譜面で一段とばしちゃったんじゃないかしら」
ガロ「はっ。ああっ本当だ! すいません!」
えま「ミカリン。ちゃんと音出してよ」
ミカリン「出してるよー」
えま「簡単なとこしか吹いてないじゃないの」
ミカリン「バレたか」
えま「真面目にやってよ! もう一度いくわよ」

   よれよれの『トゥナイト』。
   途中で音が消えていき、尻すぼみに終わる。

えま「……指揮者はいないの?」
すだっち「いないんです。でも、ジャズって、こう、誰かが楽器を
 振って合図して始めるんじゃないですか」
えま「そんなの、あなたたちには百万年早いわよ。それで合わせら
 れるとでも思ってんの?」
すだっち「はあ……」
ガロ「あの、教頭先生に頼んでみてはどうでしょう?」
えま「教頭!?」
ミカリン「あの人、カラオケでも絶対歌わないのよ」
サム「彼はシャイだし、あー、自信のない人だよ。メイビー、人前
 に立ったら卒倒する」
ガロ「教頭先生なのに?」
ミカリン「だから、校長になれないのよ」
えま「次期校長が何をおっしゃる」
ミカリン「私は、学校経営なんかに興味はないの、図書室の先生で
 満足よ」
えま「ならなおのこと、教頭には頑張ってもらわないと仕方ないの
 に、あれじゃあね」
ガロ「僕が頼んでみます」
全員「え?」
ガロ「僕も、自信のない教師です。でも、クラス経営やって、部活
 やって、今こうして皆さんと音楽をやって、何かをつかもうとあ
 がいています。これが成功するかどうかは、分かりません。でも、
 一緒に音楽をやろうとしてる、この熱い思いを共有して頂きたい
 んです。そして、それが生徒たちに伝わったら……考えただけで
 も、わくわくしませんか!?」
すだっち「いいだろう、君がそう言うなら」
えま「あたしは、断る方に100円賭けるわ」
ミカリン「みみっちいのよ」
えま「うるさいわね! じゃないと主婦やってらんないわよ」
くらら「私は、受けて下さる方に、500円賭けます」
ガロ「くらら先生!?」
くらら「お願いします、ガロ先生。頑張って」
ガロ「分かりました! 不肖、今井ガロ、やらせて頂きます!」

   ガロ、楽器を置いてダッシュする。

ミカリン「うまくいくのかね」
すだっち「案外、彼ならやるかも知れない」
サム「ああ、彼なら」
えま「ずいぶんと買ってるのね」
くらら「だって、私たち教師が気持ちを一つにして、一緒に何かを
 やるなんて、初めてじゃないですか? ガロ先生のおかげですよ」
すだっち「その通りだ」
えま「じゃあ、一度さらっておきましょう」

   みな、楽器を持って去る。


《十》職員室

   教頭、机に向かって座っている。

   そこへ、ツバサとトモが入ってくる。

ツバサ「教頭先生よお」
教頭「な、何だね」
ツバサ「あの熱血担任、何とかしてくれよ。髪の毛直さないうちは、
 授業に出るなって。教室から、追い出すんだぜ」
トモ「そおよー。ちょっと、茶色いだけじゃん。あたしなんか、化
 粧が駄目だって。化粧っていってもさー、ぱっと見、分かんない
 程度だよ? 日焼け止めみたいな感覚っつーか、化粧しないとお
 もて出られないんだよね。そーゆー習慣なの。ねえ、教頭先生。
 これって、授業を受ける権利の侵害じゃないの?」
教頭「あ、あー、君たちは授業を受けたいのかね?」
トモ「当たり前でしょ。そのために学校来てんだから、ねえ、ツバ
 サ」
ツバサ「教室追い出されて、むかついた」
トモ「あたしらなんか、学校来てやってるだけ、まだマシじゃん?
  そんな生徒を追い出すの?」
教頭「2Aだね」
ツバサ「ガロだよ」
教頭「あー、ガロ先生と感情的な食い違いがあったんじゃないかな。
 この時間はここにいて、休み時間になったら、ガロ先生ともう一
 度、ゆっくり話し合ったらどうだい」
ツバサ「話すことなんかねえって」

   ツバサ、机を蹴る。

教頭「乱暴はやめなさい」
トモ「そうよ。化粧が駄目って言われたら、あたし不登校になるか
 ら。不登校になって、単位落として、留年したら、どう責任取っ
 てくれるのよ。ガロなんか、臨時採用の新米でしょ。責任なんか
 取れないじゃない。教頭先生は、責任取ってくれるんでしょうね」
教頭「責任」
トモ「そおよー。責任取ってよ。留年したら、たいがい転校するん
 だよね。そんで、ダブリなのを隠しながら新しい学校通って、で
 も、みんなにばれて、イジメが始まるのよ。そんな話、よく聞く
 けど、自分に起こるなんて思わなかったなあ」
教頭「そんな、おおげさな」
トモ「じゃあ、どうすんのよ。化粧と授業の両立、どうしてくれん
 のよ、え、教頭先生」
教頭「あー、本校の校則では、化粧及び染髪は禁じておる」
ツバサ「センパツ?」
教頭「髪を染めることだ」
ツバサ「染めてないよ、ブリーチだって」
教頭「同じことだ。髪の毛を加工することは、許しておらん」
ツバサ「じゃあ、退学しろってことかよ!?」
トモ「たかが、化粧で」
ツバサ「たかが、茶髪で」

   ガロ、走りこんでくる。

ガロ「ああ、いた! 帰っちゃったかと思ったよ」
ツバサ「帰れって言ったの、てめーだろっ」
ガロ「帰れとは言ってない。職員室で待機しろって言ったんだ」
教頭「ああ、指示通りに来てくれたんだね」
ガロ「すみません、遅くなって」
ツバサ「誰に謝ってんだよ、俺らに先に謝れよ」
ガロ「謝るのは君たちのほうだ」
トモ「何でよ!?」
ガロ「僕は、教師として精一杯、誰にも負けないくらい頑張って、
 みんなと一緒にいいクラスを作ろうとしている。教師としての僕
 に、不満があるとしたら、それは間違った不満だ」
トモ「あたしたちが間違ってるって言うの!?」
ガロ「そうだろ。君たちは、精一杯、この学校の生徒として努力し
 自分を磨いているか? 僕はやってるよ。この学校の教師として、
 2Aの担任として、精一杯努力してる。君たちは、僕と同じくら
 い努力しているか。僕の気持ちに答えているか」
トモ「努力って、何よ」
ガロ「トモ。君に出来る努力は何だ」
トモ「知らないよ」
ガロ「素顔でみんなに会うのが怖いんだろ。でも、それって、失礼
 だ。ありのままの自分を受け入れてもらう努力をしないと、2A
 の生徒にはなれない。それとも、化粧を取った顔がそんなにヒド
 イのか?」
トモ「ガロには、女の子の気持ちが分かってない!」
ガロ「分からない。でも、トモ。化粧しないで、素顔で、みんなの
 前に立って、ものを言う勇気、あるか? 化粧してるから自信が
 あるような気がしてる、でもそれは、気のせいなんだ。化粧に頼
 らなくても、自信を持って、どこでも堂々とトモらしくいて欲し
 い。僕はそう思ってるんだ。分かるか」
トモ「いやだよ」
ガロ「(洗顔料を差し出し)さあ、これで顔洗ってこい」
トモ「眉毛なくなっちゃう」
ガロ「三日で生える」
トモ「ガロなんか、嫌い!」

   トモ、走り去る。

ツバサ「同じ説教垂れても俺は聞かねえよ」
ガロ「賭けをしようじゃないか」
ツバサ「賭け?」
ガロ「『イン・ザ・ムード』って知ってるだろ?」
ツバサ「ああ。難しいやつ。ジャズだろ」
ガロ「僕たちのバンドで、『イン・ザ・ムード』やる時、君も参加
 するんだ。最後のトランペットのハイトーン、どっちが出せるか
 勝負だ」
ツバサ「まじっ? あれやるの!?」
ガロ「そうだ。僕もトランペット、ツバサもトランペット。楽器歴
 は、ツバサの方が一年長いけど、僕は絶対に負けない。もし、負
 けたら、丸刈りにしてもいい。その代わり。ツバサ、君が負けた
 ら、ボウズだ」
ツバサ「二人ともコケたら?」
ガロ「それはない。僕は成功する」
ツバサ「凄い自信だな」
ガロ「どうだ、やるのか、やらないのか? やらないなら、家に帰
 って、退学届の書き方でも考えろ」
ツバサ「やるに決まってんだろ。但し、ボウズになるのは、お前だ」
ガロ「まあ、そう思っとけ。せいぜい、練習頑張るんだな。おっと。
 練習は、ブラスバンド部のない、火・木の放課後と、土日の午前
 中だ。来いよ。練習不足は言い訳にならないぞ」
ツバサ「分かったよ! 文化祭までは、大目にみてくれるんだろ」
ガロ「文化祭のステージで、勝負だ」
ツバサ「俺は受けて立つ」
ガロ「楽しみだよ、お前のボウズ姿。可愛いだろうな。その時は、
 頭撫でさせてくれよ。いひひひ」
ツバサ「馬鹿か、お前」

   ツバサ、去る。
   入れ替わりに、素顔のトモが入ってくる。

ガロ「うっわー、可愛い! 中学生みたいだな、可愛いよ、トモ」
トモ「もー。童顔だからいやなのよ」
ガロ「女性は、若く見える方がいいんだろ?」
トモ「顔がガキなのは嫌なの」
ガロ「中身には自信がないのか?」
トモ「そんなことないよ!」
ガロ「教室、入れるか?」
トモ「入れるよ!」
ガロ「ついていかなくていいか?」
トモ「放っといてよ! 一人で行けるよ!」

   トモ、去る。

   ガロ、安堵のため息。

教頭「ガロ先生」
ガロ「あっ失礼しました。教頭先生のご意見も仰がずに、好き勝手
 な指導をしてしまって、申し訳ありません!」
教頭「いいんですよ。いやあ、熱い指導ですね。私には、もうあん
 なこと生徒には言えませんよ」
ガロ「僕は、経験もないし、ただ、ぶつかるしかないんです。さっ
 きも、冷や汗ものでした。あいつらが乗ってこなかったらどうし
 ようってびくびくしてて」
教頭「そんな風には見えなかった。堂々として、頼もしい先生です」
ガロ「ありがとうございます。僕は、2Aが好きになってきました」
教頭「良かった」
ガロ「だんだん、先生方の顔も明るくなってきたの、分かりますか
 ?」
教頭「例の、ジ☆ブラスバンドでしょう」
ガロ「そうなんです。えま先生にしごかれています」
教頭「ほう、えま君がね」
ガロ「実は、教頭先生にお願いがあって」
教頭「何でしょう」
ガロ「教頭先生は、ジャズはお好きですか?」
教頭「嫌いじゃないね。昔は、ジャズ喫茶などによく通ったものだ。
 チップをやって、曲をリクエストするなんてこと、安月給では出
 来なかったが、ただあの場の雰囲気を味わうためだけに、行って
 いたよ」
ガロ「ジャズ喫茶かあ、行ってみたかったな」
教頭「今はもうないね」
ガロ「残念です。実は、そのジャズのことで、教頭先生のお力を借
 りたいと思いまして、お願いにあがりました」
教頭「何だね?」
ガロ「僕たちのバンドは、何とか曲を形にするところまではいける
 と思うんです。でも、それだけでは、ジャズにはならないと思う
 んです」
教頭「その通りだよ。ジャズは、アメリカに連れてこられたアフリ
 カ系の人たちが、作り出したものだ。奴隷という抑圧、人種差別
 を受ける中で生まれた魂の叫びだ。押さえても押さえきれない感
 情の発露、それがジャズだ。『自由』に対する熱い思いが、あの
 音楽を生み出したのだよ」
ガロ「教頭先生。僕たちのバンドに、ジャズの魂を吹き込んで下さ
 い。今のままじゃ、ステージは失敗するのは目に見えているんで
 す。教頭先生のお力が必要なんです」
教頭「しかし……簡単なレクチャーは出来るけれども、指導なんか
 無理だよ」
ガロ「指導なんて、とんでもない。教頭先生。タクトを通じて、ジ
 ャズの心を、僕たちに伝えて下さいませんか」
教頭「タクト……と言うと、指揮者かね」
ガロ「ええ、そうです!」
教頭「校長先生が、何と言われるか」
ガロ「教頭先生が、タクトを通じて僕たちをまとめて下さるなら、
 それは、まさしく管理職のお仕事ではありませんか」
教頭「ふむ。ガロ君、君はなかなか口が上手いな」
ガロ「僕は、常に誠実に話しているだけです」
教頭「いいでしょう、やりましょう。やっぱり、燕尾服かね?」
ガロ「あっ、もちろん! お持ちですか?」
教頭「いや、持ってはないが、調達しよう」
ガロ「ありがとうございます! あの、練習は」
教頭「火・木の放課後と、土日の午前中だろ? 聞いていたよ」
ガロ「ありがとうございます!」
教頭「さて、やるかね」


《十一》音楽室

   教師たち(教頭、ミカリン、えま、サム)及び、アキ、ツバ
   サが位置に着く。
   ガロ、きょろきょろする。

ガロ「何の曲ですか?」
ミカリン「歯を食いしばれ、涙をこらえろ」
ガロ「はあ? 曲が分からないと、吹けないんですけど」
ミカリン「教頭先生、どうぞ」

   教頭、尻ポケットからタクトを取り出す。

   すだっち、くららが慌てて入ってくる。

くらら「すみません、遅れました!」

   『結婚行進曲』が始まる。

ガロ・すだっち・くらら「えっ?」

   曲が進むにつれて、すだっちとくららの顔に笑みが浮かび、
   二人、寄り添って腕を組む。
   曲が終わると、揃ってお辞儀をする。

すだっち・くらら「ありがとうございました」
ガロ「えっ?」
教頭「もうそろそろ、お披露目をしてもいいでしょう。と言っても、
 皆さんご存知だったようですね」
ガロ「知らなかった……」
すだっち「ありがとうございます、教頭先生、バンドの皆さん、こ
 んな素敵なプレゼントを頂いて、本当に言葉もありません。とっ
 てもいい演奏でした」
くらら「びっくりしました! いきなり、もう、結婚式が始まっち
 ゃったのかと思って」

   みんな、笑う(ガロ以外)。

えま「結婚式は、いつ?」
くらら「文化祭が終わって、落ち着いた頃にしようかと思います」
えま「まあ、すぐじゃない。大変ねえ。何か出来ることがあったら、
 遠慮なく言ってね。先輩だからさ」
くらら「じゃあ、先輩。500円、下さい」
えま「えっ?」
くらら「私、賭けに勝ったでしょう?」
えま「あっ、そうか、やられた!」

   みんな、笑う(ガロ以外)。

教頭「指揮ってのは、快感だねえ。踊りだしてしまいそうだ」
えま「本当に踊る指揮者もいますよ、どんどん踊って下さいな」
教頭「よーし」
すだっち「アキとツバサもバンドに参加するのかい」
ツバサ「担任にはめられたんだよ」
アキ「あたしは、『イン・ザ・ムード』のソロでえま先生と絡める
 なんて、二度とないチャンスだから、押しかけてきたんです」
えま「負けないわよ」
アキ「先生、お手柔らかに」
えま「冗談よ、楽しみましょう」
アキ「はい!」
サム「音を楽しむと書いて、音楽。まさにその通りだ」
くらら「ガロ先生?」

   ガロ、一人ぽつねんとしている。
   くららが、ガロの腕に手をかける。

くらら「ガロ先生、『マイウェイ』のソロ、仕上がったんですって
 ね。聴かせて下さいな」
ガロ「ああ、いや、まだなんです。本番には間に合わせます」
くらら「文化祭、楽しみね。頑張りましょうね!」

   くらら、戻って行く。すだっちのそばへ。
   みんなの笑い声。
   笑い声がフェイドアウトしていって、立ち尽くすガロだけに
   スポットが当たる。

ガロ「知らなかったのは、僕だけだったのか……みんな、知ってた。
 と言うか、気づいてた。僕は、気づかなかった。くらら先生がい
 つもあんなに幸せそうに笑うのは、何故かってこと、考えもしな
 かった。くらら先生が見つめているのはすだっち先生で、僕じゃ
 なかった。相手が知らない人だったら、悔しさをこらえて祝福で
 きたかも知れない。でも、すだっち先生なんて。逆立ちしたって
 勝てやしない! 足の長さも、教師としてのキャリアも、リーダ
 ーシップも、性格も、どこを取っても僕より勝っているじゃない
 か。ははは……そうだよな、くらら先生が好きになる筈だよな。
 何のとりえもない僕なんか、ふられて当然だよな。キリコの奴の
 方がよっぽど男らしいよ。あんな風に玉砕する機会もなく、僕の
 恋は失われてしまった。せめて……せめて、好きだと、一言伝え
 たかった」

   落ち込むガロ。
   ふとポケットに手を入れて、キリコが捨てていった携帯を取
   り出す。

ガロ「やっぱ、壊れてるか」

   ガロ、携帯を耳に当てる。

ガロ「もしもーし、未来の僕の恋人さん。聞こえたら返事をしてく
 れませんか。失恋してへこみまくってる未来の恋人を、励まして
 やろうと思いませんか。あー、こんなんじゃ、答えてくれないよ
 な。今はまだまだ半人前だけど、未来の僕は、きっと、すだっち
 先生なんかよりも、ずっとずっといい男になってますから! 僕
 を選ばなかったことを、後悔させるくらい、いい男になってみせ
 ますから! だから、今は、あきらめます。幸せになって下さい、
 くらら先生」

   ガロ、泣き顔を上げる。
   携帯を握りしめたまま。
   と、携帯が鳴る。

ガロ「もしもし……」
声「いつかきっと、会いましょう。その時には、笑顔で会って下さ
 いね。では、さようなら」
ガロ「もしもし、もしもし!?」

   電話のツーツーツーと切れた音がする。
   ガロ、しばらく携帯を見つめていたが、ポケットにしまう。
   そして、ステージへ。


《十二》オン・ザ・ステージ

   バンド全員勢ぞろいしている。
   挨拶抜きで、教頭の指揮により、
   演奏『トゥナイト』
   トモ・キリコ・ケイタ、袖から駆け出してきて、手拍子を打
   ち、踊る。

   校長が登場し、マイクを握る。

校長「さて、ただ今お送り致しましたナンバーは、『トゥナイト』
 でした。では、ここで、教員と生徒有志によるジ☆ブラスバンド
 結成に大きく貢献した職員、今井ガロ先生をご紹介致します」

   ガロ、進みでる。

校長「今井先生は、今学期途中から2年A組の担任を務めておられ
 ます。ピンチの時に打てるのが真のピンチヒッターなのでしょう
 が、彼はまさしく10割バッターでした。クラス経営に抜群の腕
 前を発揮し、そして、教員相互の交流にも力を尽くしてこられた
 功績は非常に大きいです。本校になくてはならない人材だと私は
 思っております。では、今井先生。一言、お願いします」

   ガロ、マイクを受け取る。

ガロ「僕は、ただの教師です。格別の教育実践がある訳でもない、
 特技もこれといってない、本当に当たり前の人間です。それが分
 かったのは。この学校に来てからでした。僕は、熱意と努力さえ
 あれば、何でも出来るんだ、生徒たちも思いのままだと、思い上
 がっていました。でも、人間は、もっと大きな力で生かされてい
 るのではないでしょうか。人間は、人を愛し愛されて育っていく
 ものだということ、知らないところで誰かに支えられ、自分もま
 た誰かを支えている、そんないのちの不思議を、この学校の人た
 ちの温かさの中で実感しました。ささやかなステージですが、僕
 たちが歩んできた道のりを、見て頂きたいと思います。そして。
 もし、出来ることならば。何かを感じ取って頂ければ、これ以上
 嬉しいことはありません。曲は、『マイウェイ』をお送りします。
 指揮は教頭先生、演奏は、ジ☆ブラスバンドです」

   ガロ、校長にマイクを渡し、みんなの中に戻って楽器を構え
   る。
   全員、教頭のタクトに注目する。

   演奏『マイウェイ』
   ガロのソロ。
トモ・キリコ・ケイタの歓声「たんにーん!」「ガロ先生、かっこ
 いい!」

   ガロ、再びマイクを握る。

ガロ「いよいよ最後の一曲となりました。えー、実はこの曲には、
 沢山みどころ、と申しますか、聴いて頂きたいところがございま
 す。最初に、アルトサックス・テナーサックスによるソロは、え
 ま先生とその愛弟子アキによって演奏されます。二人のぴったり
 と息の合った掛け合いにご注目下さい。そして、「イン・ザ・ム
 ード」と言えば、最後のクライマックスで、トランペットのメロ
 ディーが上り詰めていくのですが、ここで、僕は、このバンドに
 参加してくれているツバサと一つの賭けをしました。最後のハイ
 トーンが出なければ、僕は丸刈りにします。(バンドの中から笑
 い声)もし、ツバサが失敗したら、彼は丸刈りになります。二人
 とも、男としての面子を賭けて争う訳で、スリリングなクライマ
 ックスの演奏をお楽しみ下さい」

   ガロ、定位置に戻る。
   演奏『イン・ザ・ムード』
   えま、アキのソロ。
   クライマックス、ガロとツバサ立ち上がって吹く。
   二人ともクリア(出来なければ舞台上でバリカンで髪を刈っ
   て下さい)。

ガロ・ツバサ「よっしゃー!」
ツバサ「担任、俺、負けたよ」
ガロ「いいや、二人とも勝ったんだ」
ツバサ「俺、明日、黒染めしてくる」
ガロ「お前、可愛いな」

   ガロ、ツバサの髪をくしゃくしゃにする。

ツバサ「やめれって。おい、殴るぞ」
トモ・キリコ・ケイタ「アンコール! アンコール! アンコール
 !」

   舞台上で三人のアピール、客席にも伝染していく。

全員「アンコール! アンコール! アンコール!」

   教頭、手を挙げて静める。
   タクトをかざす。

   演奏『イン・ザ・ムード』(短縮版)

ガロ「ありがとうございました!」
ステージ上の全員「ありがとうございました!」

アナウンス「では、これにて、ジ☆ブラスバンドの演奏を終わりま
 す。皆様、今一度、熱い拍手をお願い致します」

   拍手の中、握手しあい、抱き合う教師たち。


                           《完》


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も、その他いかなる形式における複製においても、削除は禁止しま
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人が所属するサークルあるいは劇団内で閲覧するための複製のみ、
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 一、タイトル(『ジ☆ブラスバンド』 作・山本真紀)から最終
   行の英文コピーライト表示までが全て含まれていること。
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